法廷の入口に、二体の吸魂鬼が現れた。腐くさりかけた瘡かさ蓋ぶただらけの手が、気絶した様子の魔法使いの両腕をつかんでいる。吸魂鬼は男を連れてスルスルと廊下を去っていき、そのあとに残された暗くら闇やみが、男の姿を飲み込んだ。
「次――メアリー・カターモール」アンブリッジが呼んだ。
小柄こがらな女性が立ち上がった。頭のてっぺんから足の先まで震ふるえている。黒い髪かみを梳とかしつけて髷まげに結い、長いシンプルなローブを着ている。顔からは、すっかり血の気が失うせていた。吸きゅう魂鬼こんきのそばを通り過ぎるとき、女性が身震みぶるいするのが見えた。
ハリーは本能的に動いた。何も計画していたわけではない。女性が一人で地ち下か牢ろうに入っていくのを、見るに耐たえなかったからだ。扉とびらが閉まりかけたとき、ハリーは女性の後ろに従ついて法ほう廷ていに滑すべり込んでいた。
そこは、かつてハリーが魔ま法ほう不正ふせい使用しようの廉かどで尋じん問もんされた法廷とは、違う部屋だった。天井は同じくらいの高さだったが、もっと小さな部屋だ。深井戸の底に閉じ込められたようで、閉へい所しょ恐きょう怖ふ症しょうに襲おそわれそうだった。
ここには、さらに多くの吸魂鬼がいた。その場に、凍こおりつくような霊気れいきを発している。顔のない歩哨ほしょうのように、高くなった裁さい判ばん官かん席せきからはいちばん遠い法廷の隅すみに立っていた。高こう欄らんの囲いの向こうにアンブリッジが座り、片側にはヤックスリー、もう片側には、カターモール夫人と同じぐらい青白い顔をしたハーマイオニーが座っていた。裁判官席の下には、毛足の長い銀色の猫が往いったり来きたりしている。吸魂鬼の発する絶ぜつ望ぼう感かんから検けん察さつ側を守っているのはそれだ、とハリーは気づいた。絶望を感じるべきなのは被告ひこくであり、原告ではないのだ。
「座りなさい」アンブリッジの甘い、滑なめらかな声が言った。
カターモール夫人は、高い席から見下ろす床の真ん中に、一つだけ置かれた椅い子すによろよろと近寄った。座ったとたんに、椅子の肘掛ひじかけ部分からガチャガチャと鎖くさりが出てきて、夫人を椅子に縛しばりつけた。
「メアリー・エリザベス・カターモールですね」アンブリッジが聞いた。
カターモール夫人は弱々しくこくりとうなずいた。
「魔法ビル管理部の、レジナルド・カターモールの妻ですね」
カターモール夫人はわっと泣き出した。
「夫がどこにいるのかわからないわ。ここで会うはずでしたのに」
アンブリッジは無視した。
「メイジー、エリー、アルフレッド・カターモールの母親ですね」
カターモール夫人は、いっそう激はげしくしゃくり上げた。
「子どもたちは怯おびえています。私が家に戻らないのじゃないかと思って――」
「いい加減かげんにしろ」ヤックスリーが吐はき出すように言った。「『穢けがれた血ち』のガキなど、我々の同情を誘さそうものではない」