「エクスペクト パトローナム 守護霊よ来たれ」
銀色の牡鹿おじかがハリーの杖つえ先さきから飛び出し、吸きゅう魂こん鬼きに向かって突進した。吸魂鬼は退却し、再び暗い影となって消えた。牡鹿は地ち下か牢ろうを何度もゆっくりと駆かけ回って、猫の護まもりよりずっと力強く暖かい光で部屋全体を満たした。
「分ぶん霊れい箱ばこを取るんだ」ハリーがハーマイオニーに言った。
ハリーは階段を駆かけ下りながら、「透とう明めいマント」をローブにしまい、カターモール夫人に近づいた。
「あなたが」夫人はハリーの顔を見つめて、小声で言った。「でも――でも、レッジが言ってたわ。私の名前を提出して尋じん問もんさせたのは、あなただって」
「そうなの」ハリーは、夫人の腕を縛しばっている鎖くさりを引っ張りながらモゾモゾと言った。「そう、気が変わったんだ。ディフィンド 裂さけよ」何事も起こらない。「ハーマイオニー、どうやって鎖を外はずせばいい」
「ちょっと待って。こっちでもやっていることがあるの――」
「ハーマイオニー、吸魂鬼に囲まれてるんだぞ」
「わかってるわよ、ハリー。でもアンブリッジが目を覚ましたときロケットがなくなっていたら――コピーを作らなくちゃ……ジェミニオ そっくり ほーら……これで騙だませるわ……」
ハーマイオニーも階段を駆け下りてきた。
「そうね……レラシオ 放はなせ」
鎖はガチャガチャと音を立てて、椅い子すの肘掛ひじかけに戻った。カターモール夫人は、なおも怯おびえているようだった。
「わけがわからないわ」夫人が小声で言った。
「ここから一いっ緒しょに出るんだ」
ハリーは夫人を引っ張って立たせた。
「家に帰って、急いで子どもたちを連れて逃げろ。いざとなったら国外に脱出するんだ。変へん装そうして逃げろ。事情はその目で見たとおり、ここでは公正に聞いてもらうことなんてできない」
「ハリー」ハーマイオニーが言った。「扉とびらの向こうは、吸魂鬼がいっぱいよ。どうやってここから出るつもり」
「守しゅ護ご霊れいたちを――」
ハリーは杖つえを自分の守護霊に向けながら言った。牡鹿は速度を緩ゆるめ、眩まばゆい光を放はなったまま並なみ足あしで扉のほうに移動した。
「できるだけたくさん呼び出すんだ。ハーマイオニー、君のも」
「エクスペク――エクスペクト・パトローナム」ハーマイオニーが唱となえたが、何事も起こらない。
「この人は、この呪じゅ文もんだけが苦手なんだ」
ハリーは、呆ぼう然ぜんとしているカターモール夫人に話しかけた。
「ちょっと残念だよ、ほんとに……がんばれ、ハーマイオニー」
「エクスペクト パトローナム 守しゅ護ご霊れいよ来たれ」
銀色のカワウソがハーマイオニーの杖つえ先さきから飛び出し、空中を優雅ゆうがに泳いで牡鹿おじかのそばに寄った。
「行こう」ハリーは、ハーマイオニーとカターモール夫人を連れて扉とびらに向かった。