ときとして周囲の静けさを破やぶるのは、ガサガサという得体えたいの知れない音や小枝の折れるような音だけだ。ハリーは人間ではなくむしろ動物の立てる音だろうと思った。しかし杖つえは、いつでも使えるようにしっかり握にぎり続けていた。空きっ腹にゴムのような茸きのこを少しばかり食べたあとの気持の悪さも手伝って、ハリーの胃は不安でチクチク痛んだ。
分ぶん霊れい箱ばこを何とか奪うばい返せば、きっと意い気き揚よう々ようとした気持になるだろうと思っていたが、なぜかそんな気分ではなかった。杖つえ灯あかりは暗闇くらやみのほんの一部しか照らさず、じっと座って闇を見つめながら、ハリーには、これからどうなるのだろうという不安しか感じられなかった。ここまで来るのに、何週間も、何か月も、いやもしかしたら何年も走り続けてきたような気がした。ところがいま、急に道が途切れて、立ち往生してしまったようだった。
どこかに残りの分霊箱がある。しかしいったいどこにあるのか、ハリーには皆目見当がつかない。残りの分霊箱が何なのか、その全部を把握はあくしているわけでもない。一方、たった一つ見つけ出した分霊箱、そしていまハリーの裸はだかの胸に直接触ふれている分霊箱は、どうやったら破壊はかいできるのか、ハリーは途方に暮れるばかりだ。
奇妙きみょうなことに、ロケットはハリーの体温で温まることもなく、まるで氷水から出たばかりのような冷たさで肌はだに触れていた。気のせいかもしれないが、ときどきハリー自身の鼓動こどうと並んで、別の小さく不ふ規き則そくな脈が感じられた。
暗闇にじっとしていると、言い知れぬ不吉な予感が忍び寄ってきた。ハリーは不安と戦い、押し退のけようとしたが、暗い想おもいはなお容赦ようしゃなくハリーを苛さいなんだ。一方が生きるかぎり、他方は生きられぬ。いまハリーの背後のテントで低い声で話しているロンとハーマイオニーは、そうしたければ去ることができる。ハリーにはできない。その場にじっと座って、自分自身の恐れや疲労を克服こくふくしようと戦っているハリーには、胸に触れる分霊箱が、ハリーに残された時を刻きざんでいるかのように思われた……ばかばかしい考えだ、とハリーは自分に言い聞かせた。そんなふうに考えるな……。