「俺様おれさまにそれを渡せ、グレゴロビッチ」
ハリーの声は甲高かんだかく、冷たく、はっきりしていた。青白い手、長い指で杖つえを掲かかげている。杖を向けられた男は、ロープもないのに逆さかさ吊づりになって浮かんでいる。見えない、薄うす気き味みの悪い縛しばりを受け、手足を体に巻きつけられて揺ゆれている。怯おびえた顔が、ハリーの顔の高さにあった。頭に血が下がって、赤い顔をしている。
男の髪かみは真っ白で、豊かな顎あごひげを生やしている。手足を縛られたサンタクロースだ。
「わしはない、持って。もはやない、持って それは、何年も前に、わしから盗まれた」
「ヴォルデモート卿きょうに嘘うそをつくな、グレゴロビッチ。帝王ていおうは知っている……常に知っているのだ」
吊るされた男の瞳孔どうこうは、恐怖で大きく広がっていた。それが、だんだん大きくふくれ上がるように見えたかと思うと、ハリーはまるごとその瞳ひとみの黒さの中に呑のみ込まれた――。
ハリーはいま、手て提さげランプを掲げて走る、小柄こがらででっぷりしたグレゴロビッチのあとを追って、暗い廊下ろうかを急いでいた。グレゴロビッチは、廊下の突き当たりにある部屋に、勢いよく飛び込んだ。ランプが、工房こうぼうと思われる場所を照らし出した。鉋屑かんなくずや金が、揺ゆれる光溜ひかりだまりの中で輝かがやいた。出窓の縁へりに、ブロンドの若い男が大きな鳥のような格好かっこうで留まっている。一瞬いっしゅん、ランプの光が男を照らした。ハンサムな顔が、大喜びしているのが見えた。そして、その侵しん入にゅう者しゃは自分の杖から「失神しっしん呪じゅ文もん」を発射はっしゃし、高笑いしながら、後ろ向きのまま鮮あざやかに窓から飛び降おりた。
ハリーは、広いトンネルのような瞳孔から、矢のように戻ってきた。グレゴロビッチは、恐怖で引きつった顔をしていた。
「グレゴロビッチ、あの盗ぬす人びとは誰だ」
甲高かんだかい、冷たい声が言った。
「知らない。ずっとわからなかった。若い男だ――助けてくれ――お願いだ――お願いだ」
叫さけび声が長々と続き、そして緑の閃光せんこうが――。