「すごい。書いてくれて、僕、うれしいよ。僕……」
ハリーは急に黙だまった。遠くの広場の眩まぶしい明かりを背に、防ぼう寒かん着ぎを分厚ぶあつく着込んだ影絵のような姿が、こちらに向かってよろめくように歩いてくる。見分けるのは難しかったが、ハリーは女性だろうと思った。雪道で滑すべるのを恐れてのことだろう、ゆっくりと歩いてくる。でっぷりした体で、腰を曲げて小刻こきざみに歩く姿から考えても、相当な歳だという印象を受けた。二人は、近づいてくる影を黙って見つめた。ハリーは、その姿が途中のどこかの家に入るかもしれないと見守りつつも、直感的にそうではないことを感じていた。その姿は、ハリーたちから二、三メートルのところでようやく止まり、二人のほうを向いて、凍こおりついた道の真ん中にじっとたたずんだ。
この女性がマグルである可能性は、ほとんどない。ハーマイオニーに腕をつねられるまでもなかった。魔女でなければまったく見えるはずのないこの家を、じっと見つめて立っているのだから。しかし、本当に魔女だとしても、こんな寒い夜に、古い廃墟はいきょを見るためだけに出かけてくるとは奇妙きみょうな行動だ。しかも、通常の魔法の法則ほうそくからすれば、ハーマイオニーとハリーの姿はまったく見えないはずだ。にもかかわらず、この魔女には二人がここにいることがわかっているし、二人が誰なのかもわかっているという不気味さを、ハリーは感じていた。ハリーがこういう不安な結論に達したそのとき、魔女は手袋をはめた手を上げて、手招きした。
透明とうめいマントの下で、ハーマイオニーは、腕と腕がぴったりくっつくほどハリーに近づいた。
「あの魔女、どうしてわかるのかしら」
ハリーは首を横に振ふった。魔女はもう一度、こんどはもっと強く手招きした。呼ばれても従わない理由はいくらでも思いついたが、人気ひとけのない通りで向かい合って立っている間に、ハリーの頭の中で、この魔女があの人ではないかという思いが、次第に強くなっていた。
この魔女が、何か月もの間、二人を待っていたということはありうるだろうか ダンブルドアが、ハリーは必ず来るから待つようにと言ったのだろうか 墓地の暗がりで動いたのはこの魔女で、ここまで追つけてきたという可能性はないだろうか この魔女が二人の存在を感じることができるという能力も、ハリーがこれまで遭遇そうぐうしたことのない、ダンブルドア的な力を匂におわせている。
ハリーはついに口を開いた。ハーマイオニーは息を呑のんで飛び上がった。
「あなたはバチルダですか」
着ぶくれしたその姿は、うなずいて再び手招きした。
マントの下で、ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせた。ハリーがちょっと眉まゆを上げると、ハーマイオニーは小さくおどおどとうなずいた。
二人が魔女のほうに歩き出すと、魔女はすぐさま背を向けて、いましがた歩いてきた道をよぼよぼと引き返した。二人の先に立って、魔女は何軒かの家の前を通り過ぎ、とある門の中に入っていった。二人はあとに従ついて玄げん関かんまで歩いたが、その庭はさっきの庭と同じぐらい草ぼうぼうだった。魔女は玄げん関かんでしばらく鍵かぎをガチャつかせていたが、やがて扉とびらを開け、身を引いて二人を先に通した。