魔女からはひどい臭においがした。それともその家の臭いだったかもしれない。二人で魔女の横をすり抜け、「透とう明めいマント」を脱ぬぎながら、ハリーは鼻にしわを寄せた。横に立ってみると、その魔女がどんなに小さいかがよくわかった。歳のせいで腰が曲がり、やっとハリーの胸に届くぐらいの高さだった。魔女は玄関扉を閉めた。剥はげかかったペンキを背景に、魔女の染しみの浮き出た青い指の関節が見えた。それから魔女は、振ふり向いてハリーの顔を覗のぞき込んだ。その目は白はく内ない障しょうで濁にごり、薄うすっぺらな皮ひ膚ふのしわの中に沈み込んでいる。顔全体に切れ切れの静脈や茶色の斑はん点てんが浮き出ている。ハリーは、自分の顔がまったく見えていないのではないかと思った。見えたとしても、目に映うつるのは、ハリーが姿を借りている禿はげかけのマグルのはずだ。
魔女が虫食いだらけの黒いショールを外はずし、頭皮がはっきり見えるほど薄くなった白しら髪が頭あたまを現すと、老臭ろうしゅうや埃ほこりの悪臭、汚れっぱなしの衣服と饐すえた食べ物の臭いが一段と強くなった。
「バチルダ」ハリーが、繰くり返して聞いた。
魔女はもう一度うなずいた。ハリーは胸元の皮膚に当たるロケットに気づいた。その中の、ときどき脈を打つ何かが、目覚めていた。冷たい金のケースを通して、ハリーはその鼓動こどうを感じた。それはわかっているのだろうか 感じているのだろうか 自分を破壊はかいする何かが近づいているということを
バチルダはぎごちない足取りで二人の前を通り過ぎながら、ハーマイオニーなど目に入らないかのように押し退のけた。そして、居間と思おぼしき部屋に姿を消した。
「ハリー、何だかおかしいわ」ハーマイオニーが息を殺して言った。
「あんなに小さいじゃないか。いざとなれば、ねじ伏ふせられるよ」ハリーが言った。「あのね、君に言っておくべきだったけど、バチルダがまともじゃないって、僕は知っていたんだ。ミュリエルは『老いぼれ』って呼んでいた」
「おいで」居間からバチルダが呼んだ。
ハーマイオニーは飛び上がって、ハリーの腕にすがった。
「大丈夫だよ」ハリーは元気づけるようにそう言うと、先に居間に入った。
バチルダはよろよろと歩き回って、蝋ろう燭そくに灯ひを点ともしていた。それでも部屋は暗く、言うまでもなくひどく汚きたなかった。分厚ぶあつく積もった埃が足下でギシギシ音を立て、じめじめした白しろ黴かびの臭いの奥に、ハリーの鼻はもっとひどい悪臭、たとえば肉の腐くさったような臭いを嗅かぎ分けていた。バチルダがまだなんとか暮らしているかどうかを確かめるために、最後に誰かがこの家に入ったのはいつのことだろうと、ハリーは訝いぶかった。バチルダは魔法を使えるということさえ忘れ果ててしまったようだ。手で不器用に蝋燭を灯ともしていたし、垂れ下がった袖そで口ぐちのレースにいまにも火が移りそうで危険だった。
「僕がやります」
ハリーはそう申し出て、バチルダからマッチを引き取った。部屋のあちこちに置かれた燃えさしの蝋燭ろうそくに火を点つけて回るハリーを、バチルダは突っ立ったまま見ていた。蝋燭の置かれた皿は、積み上げた本の上の危なっかしい場所や、ひび割れて黴かびの生えたカップが所狭ところせましと置かれたサイドテーブルの上に載のっていた。