その夜は雨で、風が強かった。かぼちゃの姿をした子どもが二人、広場をよたよたと横切っていく。店の窓は紙製の蜘く蛛もで覆おおわれている。信じてもいない世界の扮ふん装そうで、ごてごてと飾かざり立てるマグルたち……「あの人」は滑すべるように進んでいく。自分には目的があり、力があり、正しいのだと、「あの人」がこういう場合には必ず感じる、あの感覚……怒り、ではない……そんなものは自分より弱い魂たましいにふさわしい……そうではない。そうだ、勝利感なのだ……このときを待っていた。このことを望んでいたのだ……。
「おじさん、すごい変へん装そうだね」
そばまで駆かけ寄ってきた小さな男の子の笑顔が、マントのフードの中を覗のぞき込んだとたんに消えるのを、「あの人」は見た。絵の具で変装した顔が恐怖で翳かげるのを、「あの人」は見た。子どもはくるりと向きを変えて走り去った……ローブの下で、「あの人」は杖つえの柄えをいじった……たった一度簡単な動きをしさえすれば、子どもは母親のところまで帰れない……しかし、無用なことだ。まったく無用だ……。
そして「あの人」は、別の、より暗い道を歩いていた。目的地がついに目に入った。「忠誠ちゅうせいの術じゅつ」は破やぶれた。あいつらはまだそれを知らないが……黒い生いけ垣がきまで来ると、「あの人」は歩道を滑すべる落ち葉ほどの物音さえ立てずに、生垣の向こうをじっと窺うかがった……。
カーテンが開いていた。小さな居間にいるあいつらがはっきり見える。メガネを掛かけた背の高い黒くろ髪かみの男が、杖つえ先さきから色とりどりの煙の輪を出して、ブルーのパジャマを着た黒い髪の小さな男の子をあやしている。赤ん坊は笑い声を上げ、小さな手で煙をつかもうとしている……。
ドアが開いて、母親が入ってきた。何か言っているが声は聞こえない。母親の顔に、深みのある赤い長い髪がかかっている。こんどは父親が息子を抱き上げ、母親に渡した。それから杖をソファに投げ出し、欠伸あくびをしながら伸びをした……。
門を押し開けると、微かすかに軋きしんだ。しかしジェームズ・ポッターには聞こえない。蝋ろうのような青白い手で、マントの下から杖を取り出しドアに向けると、ドアがパッと開いた。
「あの人」は敷居しきいを跨またいだ。ジェームズが、走って玄げん関かんホールに出てきた。容易たやすいことよ。あまりにも容易いことよ。やつは杖さえ持ってこなかった……。
「リリー、ハリーを連れて逃げろ あいつだ 行くんだ 早く 僕が食い止める――」
食い止めるだと 杖も持たずにか……呪のろいをかける前に「あの人」は高笑いした……。
「アバダ ケダブラ」