緑の閃せん光こうが、狭せまい玄関ホールを埋め尽つくした。壁かべ際ぎわに置かれた乳母車を照らし出し、階段の手すりが避ひ雷らい針しんのように光を放はなった。そしてジェームズ・ポッターは、糸の切れた操り人形のように倒たおれた。
二階から、逃げ場を失った彼女の悲鳴ひめいが聞こえた。しかし、おとなしくさえしていれば、彼女は恐れる必要はないのだ……バリケードを築こうとする音を、微かに楽しんで聞きながら、「あの人」は階段を上った……彼女も杖つえを持っていない……愚おろかなやつらめ。友人を信じて安全だと思い込むとは。一瞬いっしゅんたりとも武器を手放てばなしてはならぬものを……。
ドアの陰に大急ぎで積み上げられた椅い子すや箱を、杖の軽い一振ひとふりで難なく押し退のけ、「あの人」はドアを開けた……そこに、赤ん坊を抱きしめた母親が立っていた。「あの人」を見るなり、母親は息子を後ろのベビーベッドに置き、両手を広げて立ち塞ふさがった。それが助けになるとでもいうように、赤ん坊を見えないように守れば、代わりに自分が選ばれるとでもいうように……。
「ハリーだけは、ハリーだけは、どうぞハリーだけは」
「どけ、バカな女め……さあ、どくんだ……」
「ハリーだけは、どうかお願い。わたしを、わたしを代わりに殺して――」
「これが、最後の忠告だぞ――」
「ハリーだけは お願い……助けて……許して……ハリーだけは ハリーだけは お願い――わたしはどうなってもかまわないわ――」
「どけ――女、どくんだ――」
母親をベッドから引き離はなすこともできる。しかし、一気に殺やってしまうほうが賢けん明めいだろう……。
部屋に緑の閃光せんこうが走った。母親は夫と同じように倒れた。赤ん坊ははじめから一度も泣かなかった。ベッドの柵さくに捕まり立ちして、侵しん入にゅう者しゃの顔を無む邪じゃ気きな好こう奇き心しんで見上げていた。マントに隠れて、きれいな光をもっと出してくれる父親だと思ったのかもしれない。そして母親は、いまにも笑いながらひょいと立ち上がると――。
「あの人」は、慎重しんちょうに杖を赤ん坊の顔に向けた。こいつが、この説明のつかない危険が滅ほろびるところを見たいと願った。赤ん坊が泣き出した。こいつは、俺おれ様さまがジェームズでないのがわかったのだ。こいつが泣くのはまっぴらだ。孤こ児じ院いんで小さいやつらがピーピー泣くと、いつも腹が立った――。
「アバダ ケダブラ」
そして「あの人」は壊こわれた。無むだった。痛みと恐怖だけしかない無だった。しかも、身を隠かくさねばならない。取り残された赤子が泣きわめいている、この破壊はかいされた家の瓦礫がれきの中ではなく、どこか遠くに……ずっと遠くに……。
「だめだ」「あの人」はうめいた。