汚きたならしい雑ざつ然ぜんとした床を、大だい蛇じゃが這はう音がする。「あの人」はその男の子を殺した。それなのに、「あの人」がその男の子だった……。
「だめだ……」
そしていま「あの人」はバチルダの家の破やぶれた窓のそばに立ち、自分にとって最大の敗北の想い出に耽ふけっていた。足元に大蛇がうごめき、割れた陶器とうきやガラスの上を這っている……「あの人」は床を見て、何かに目を留めた……何か信じがたい物に……。
「だめだ……」
「ハリー、大丈夫よ、あなたは無事なのよ」
「あの人」は屈かがんで、壊こわれた写真立てを拾い上げた。あの正体不明の盗ぬすっ人とがいる。探していた男だ……。
「だめだ……僕が落としたんだ……落としたんだ……」
「ハリー、大丈夫だから、目を覚まして、目を開けて」
ハリーは我に返った……自分は、ハリーだった。ヴォルデモートではなく……床を這はうような音は、大だい蛇じゃではなかった……。
ハリーは目を開けた。
「ハリー」ハーマイオニーが囁ささやきかけた。「気分は、だ――大丈夫」
「うん」ハリーは嘘うそをついた。
ハリーはテントの中の、二段ベッドの下段に、何枚も毛布をかけられて横たわっていた。静けさと、テントの天井を通して見える寒々とした薄明うすあかりからして、夜明けが近いらしい。ハリーは汗びっしょりだった。シーツや毛布にそれを感じた。
「僕たち、逃げおおせたんだ」
「そうよ」ハーマイオニーが言った。「あなたをベッドに寝かせるのに、『浮ふ遊ゆう術じゅつ』を使わないといけなかったわ。あなたを持ち上げられなかったから……あなたは、ずっと……あの、あんまり具合が……」
ハーマイオニーの鳶とび色いろの目の下には隈くまができていて、手には小さなスポンジを持っているのが見えた。それでハリーの顔を拭ぬぐっていたのだ。
「具合が悪かったの」ハーマイオニーが言い終えた。「とっても悪かったわ」
「逃げたのは、どのくらい前」
「何時間も前よ。いまはもう夜明けだわ」
「それで、僕は……どうだったの 意識不明」
「というわけでもないの」ハーマイオニーは言いにくそうだった。「叫さけんだり……うめいたり……いろいろ」
ハーマイオニーの言い方は、ハリーを不安にさせた。いったい自分は何をしたんだ ヴォルデモートのように呪のろいを叫んだのか、ベビーベッドの赤ん坊のように泣きわめいたのか