「合図してくれ」ロンがかすれ声で言った。
「三つ数えたらだ」ハリーはロケットを見下ろし、目を細めての字に集中して蛇へびを思い浮かべた。ロケットの中身は、囚とらわれたゴキブリのようにガタガタ動いている。ハリーの首の切り傷がまだ焼けるように痛んでいなかったら、哀あわれみをかけてしまったかもしれない。
「いち……に……さん……開け」
最後の一言は、シューッと息が漏もれるようなうなり声だった。そして、カチッと小さな音とともに、ロケットの金色の蓋ふたが二つ、パッと開いた。
二つに分かれたガラスケースの裏側うらがわで、生きた目が一つずつ瞬まばたいていた。細い瞳孔どうこうが縦たてに刻きざまれた、真っ赤な眼めになる前のトム・リドルの目のように、ハンサムな黒い両眼だ。
「刺させ」
ハリーはロケットが動かないように、岩の上で押さえながら言った。
ロンは震ふるえる両手で剣を持ち上げ、切っ先を、激はげしく動き回っている両眼に向けた。ハリーはロケットをしっかりと押さえつけ、空からっぽになった二つの窓から流れ出す血を早くも想像して、身構えた。
そのとき、分ぶん霊れい箱ばこから押し殺したような声が聞こえた。
「おまえの心を見たぞ。おまえの心は俺様おれさまのものだ」
「聞くな」ハリーは厳きびしく言った。「刺すんだ」
「おまえの夢を俺様は見たぞ、ロナルド・ウィーズリー。そして俺様はおまえの恐れも見たのだ。おまえの夢見た望みは、すべて可能だ。しかし、おまえの恐れもまたすべて起こりうるぞ……」
「刺せ」ハリーが叫さけんだ。
その声は周りの木々に響ひびき渡った。剣の先が小刻こきざみに震え、ロンはリドルの両眼をじっと見つめた。
「母親の愛情がいつもいちばん少なかった。母親は娘がほしかったのだ……いまも愛されていない。あの娘は、おまえの友人のほうを好んだ……おまえはいつも二番目だ。永遠に誰かの陰だ……」
「ロン、刺せ、いますぐ」ハリーが叫んだ。
押さえつけているロケットがブルブル震えているのがわかり、ハリーはこれから起こるであろうことを恐れた。ロンは剣つるぎを一段と高く掲かかげた。そのとき、リドルの両眼が真っ赤に光った。
ロケットの二つの窓、二つの眼めから、グロテスクな泡あわのように、ハリーとハーマイオニーの奇妙きみょうに歪ゆがんだ顔が吹き出した。
驚いたロンは、ギャッと叫さけんで後退あとずさりした。見る見るうちにロケットから二つの姿が現れた。最初は胸が、そして腰が、両足が、最後には、ハリーとハーマイオニーの姿が、一つの根から生える二本の木のように並んで、ロケットから立ち上がり、ロンと本物のハリーの上でゆらゆら揺ゆれた。本物のハリーは、突然焼けるように白熱したロケットから、急いで指を引っ込めていた。