難しいことではなかった。牝鹿めじかと暗い森を歩いたときは遠いように思ったが、ロンがそばにいると、帰り道は驚くほど近く感じられた。ハリーは、ハーマイオニーを起こすのが待ちきれない思いだった。興奮こうふんで小躍こおどりしながら、ハリーはテントに入った。ロンはその後ろから遠慮がちに入ってきた。
唯一ゆいいつの明かりは、床に置かれたボウルで微かすかに揺ゆらめいているリンドウ色の炎だけだったが、池と森のあとでは、ここはすばらしく温あたたかかった。ハーマイオニーは毛布に包まり、丸くなってぐっすり眠っていた。ハリーが何回か呼んでも、身動きもしなかった。
「ハーマイオニー」
もぞもぞっと動いたあと、ハーマイオニーは素早く身を起こし、顔にかかる髪かみの毛を払い退のけた。
「何かあったの ハリー あなた、大丈夫」
「大丈夫だ。すべて大丈夫。大丈夫以上だよ。僕、最高だ。誰かさんがいるよ」
「何を言ってるの 誰かさんて――」
ハーマイオニーはロンを見た。剣を持って、すり切れた絨毯じゅうたんに水を滴したたらせながら立っている。ハリーは薄暗うすぐらい隅すみのほうに引っ込み、ロンのリュックサックを下ろして、テント布地の背景に溶とけ込もうとした。
ハーマイオニーは簡易かんいベッドから滑すべり降おり、ロンの青ざめた顔をしっかり見み据すえて、夢む遊ゆう病びょう者しゃのようにロンのほうに歩いていった。唇くちびるを少し開け、目を見開いて、ロンのすぐ前で止まった。ロンは弱々しく、期待を込めて微笑ほほえみかけ、両腕を半分挙あげた。
ハーマイオニーはその腕に飛び込んだ。そして、手の届くところをむやみやたらと打ぶった。
「イテッ――アッ――やめろ 何するんだ―― ハーマイオニー――アーッ」
「この――底抜けの――おたんちんの――ロナルド――ウィーズリー」
言葉と言葉の間に、ハーマイオニーは打ぶった。ロンは頭をかばいながら後退こうたいし、ハーマイオニーは前進した。
「あなたは――何週間も――何週間も――いなくなって――のこのこ――ここに――帰って――来るなんて――あ、私の杖つえはどこ」
ハーマイオニーは、腕ずくでもハリーの手から杖を奪うばいそうな形相ぎょうそうだった。ハリーは本能的に動いた。
「プロテゴ 護まもれ」
見えない盾たてが、ロンとハーマイオニーの間に立ちはだかった。その力で、ハーマイオニーは後ろに吹っ飛とび、床に倒れた。口に入った髪かみの毛をペッと吐はき出しながら、ハーマイオニーは跳はね起きた。
「ハーマイオニー」ハリーが叫さけんだ。「落ち着い――」
「私、落ち着いたりしない」
ハーマイオニーは金切かなきり声ごえを上げた。こんなに取り乱したハーマイオニーは、見たことがなかった。気が変になってしまったような顔だった。
「私の杖を返して 返してよ」
「ハーマイオニー、お願いだから――」
「指図さしずしないでちょうだい、ハリー・ポッター」
ハーマイオニーが甲高かんだかく叫んだ。
「指図なんか さあ、すぐ返して それに、君」