「中に入ってもよろしいでしょうか」ハリーが尋たずねた。「お聞きしたいことがあるのですが」
「そ……それはどうかな」ゼノフィリウスは、囁ささやくような声で言った。そしてゴクリと唾つばを飲み、さっと庭を見回した。「衝撃しょうげきと言おうか……何ということだ……私は……私は、残念ながらそうするべきではないと――」
「お時間は取らせません」ハリーは、この温かいとは言えない対応に、少し失望した。
「私は――まあ、いいでしょう。入りなさい。急いで。急いで」
敷居しきいを跨またぎきらないうちに、ゼノフィリウスは扉とびらをバタンと閉めた。そこは、ハリーがこれまで見たこともない、へんてこなキッチンだった。完全な円形の部屋で、まるで巨大な胡こ椒しょう入いれの中にいるような気がする。何もかもが、壁かべにぴったりはまるような曲線になっている。ガスレンジも流し台も、食しょ器っき棚だなも全部がだ。それに、すべてに鮮あざやかな原色で花や虫や鳥の絵が描いてある。ハリーはルーナ好みだと思ったが、こういう狭せまい空間では、やや極端きょくたんすぎる効果が出ていた。
床の真ん中から上階に向かって、鍛たん鉄てつの螺ら旋せん階かい段だんが伸びている。上からはガチャガチャ、バンバンとにぎやかな音が聞こえていた。ハリーは、いったいルーナは何をしているのだろうと思った。
「上に行ったほうがいい」ゼノフィリウスは、相変わらずひどく落ち着かない様子で、先に立って案内した。
二階は居間と作業場を兼かねたようなところで、そのためキッチン以上にごちゃごちゃしていて、かつて見た「必ひつ要ようの部へ屋や」の様子を彷ほう彿ふつとさせた。部屋が、何世紀にもわたって隠された品々で埋まった巨大な迷路めいろに変わったときの、あの忘れられない光景だ。もっとも、ここはあの部屋よりは小さく、完全な円えん筒とう形けいではあったが、本や書類がありとあらゆる平面に積み上げられているし、天井からは、ハリーには何だかわからない生き物の精せい巧こうな模型もけいが、羽ばたいたり顎あごをバクバク動かしたりしながらぶら下がっていた。
ルーナはそこにいなかった。さっきのやかましい音を出していたものは、歯車や回かい転てん盤ばんが魔法で回っている木製の物体だった。作業台と古い棚を一組くっつけた奇き想そう天てん外がいな作品に見えたが、しばらくしてハリーはそれが旧式の印刷機だと判断した。「ザ・クィブラー」がどんどん刷り出されていたからだ。
「失礼」ゼノフィリウスはその機械につかつかと近づき、膨ぼう大だいな数の本や書類の載のったテーブルから汚らしいテーブルクロスを抜き取って――本も書類も全部床に転がり落ちたが――印刷機に被かぶせた。ガチャガチャ、バンバンの騒音はそれで少し抑えられた。ゼノフィリウスは、あらためてハリーを見た。
「どうしてここに来たのかね」
ところが、ハリーが口を開くより前に、ハーマイオニーが驚いて小さな叫さけび声を上げた。
「ラブグッドさん――あれは何ですか」
指差していたのは、壁に取りつけられた螺旋状の巨大な灰色の角つので、一角獣ユニコーンのものと言えなくもなかったが、壁から一メートルほども突き出している。