「ルーナはどこかしら」ハーマイオニーが聞いた。「ルーナがどう思うか聞きましょう」
ゼノフィリウスは、ゴクリと大きく唾を飲んだ。覚悟を固めているように見えた。しばらくしてやっと、印刷機の音にかき消されて聞き取りにくいほどの震え声で、答えが返ってきた。
「ルーナは川に行っている。川プリンピーを釣つりに。ルーナは……君たちに会いたいだろう。呼びに行ってこよう。それから――そう、よろしい。君を助けることにしよう」
ゼノフィリウスは螺ら旋せん階かい段だんを下りて、姿が見えなくなった。玄げん関かんの扉とびらが開いて、閉まる音が聞こえた。三人は顔を見合わせた。
「臆おく病びょう者もののクソチビめ」ロンが言った。「ルーナのほうが十倍も肝きもが太いぜ」
「僕がここに来たことが死し喰くい人びとに知れたら、自分たちはどうなるかって、たぶんそれを心配してるんだろう」ハリーが言った。
「そうねぇ、私はロンと同じ意見よ」ハーマイオニーが言った。「偽ぎ善ぜん者しゃもいいとこだわ。ほかの人にはあなたを助けるように言っておきながら、自分自身はこそこそ逃げ出そうとするなんて。それに、お願いだから、その角つのから離れてちょうだい」
ハリーは、部屋の反対側にある窓に近寄った。ずっと下のほうに川が見える。丘の麓ふもとを、光るリボンのように細く流れている。この家は、ずっと高いところにある。ハリーは「隠かくれ穴あな」の方角をじっと見つめた。すると、窓の外を鳥が羽ばたいて通り過ぎた。「隠れ穴」は、別の丘の稜線りょうせんの向こうで、ここからは見えない。ジニーは、どこかあのあたりにいる。ビルとフラーの結婚式以来、二人はいちばん近くにいるというのに、自分がいまジニーのことを考えながら、その方向を眺ながめていることをジニーは知る由よしもない。そのほうがいいと思うべきなのだ。自分が接触せっしょくした人は、みんな危険にさらされるのだから。ゼノフィリウスの態度がいい証拠しょうこだ。
窓から目を離すと、ハリーの目に、別の奇妙きみょうなものが飛び込んできた。壁かべに沿って曲線を描く、ごたごたした戸棚とだなの上に置かれている石像だ。美しいが厳いかめしい顔つきの魔女の像が、世にも不思議な髪かみ飾かざりをつけている。髪飾りの両脇りょうわきから、金のラッパ型補ほ聴ちょう器きのようなものが飛び出ている。小さなキラキラ光る青い翼つばさが一対、頭のてっぺんを通る革かわ紐ひもに差し込まれ、オレンジ色の蕪かぶが一つ、額ひたいに巻かれたもう一本の紐に差し込まれていた。
「これを見てよ」ハリーが言った。
「ぐっと来るぜ」ロンが言った。「結婚式になんでこれを着けてこなかったのか、謎なぞだ」
玄関の扉が閉まる音がして、まもなくゼノフィリウスが、螺旋階段を上って部屋に戻ってきた。細い両足をゴム長に包み、バラバラなティーカップをいくつかと、湯気を立てたティーポットの載のった盆を持っている。
「ああ、私のお気に入りの発明を見つけたようだね」
盆をハーマイオニーの腕に押しつけたゼノフィリウスは、石像のそばに立っているハリーのところに行った。
「まさに打ってつけの、麗うるわしのロウェナ・レイブンクローの頭をモデルに制作した。計はかり知れぬ英知えいちこそ、われらが最大の宝なり」