「この汚けがらわしいチビ猿ざる」ベラトリックスがわめいた。「魔女の杖を取り上げるとは よくもご主人様に歯向かったな」
「ドビーにご主人様はいない」
しもべ妖精ようせいがキーキー声で言った。
「ドビーは自由な妖精だ。そしてドビーは、ハリー・ポッターとその友達を助けにきた」
ハリーは、傷痕きずあとの激痛げきつうで目が眩くらみそうだった。薄うすれる意識の中で、ハリーは、ヴォルデモートが来るまで、あと数秒しかないことを感じ取った。
「ロン、受け取れ――そして逃げろ」
ハリーは杖つえを一本放ほうり投げて叫さけんだ。それから身を屈かがめて、グリップフックをシャンデリアの下から引っ張り出した。剣つるぎをしっかり抱えたままうめいているグリップフックを肩に背負い、ドビーの手をとらえて、ハリーはその場で回転し、「姿すがたくらまし」した。
暗闇くらやみの中に入り込む直前、もう一度客間の様子が見えた。ナルシッサとドラコの姿がその場に凍こおりつき、ロンの髪かみの赤い色が流れ、部屋の向こうからベラトリックスの投げた小刀こがたなが、ハリーの姿が消えつつあるあたりでぼやけた銀色の光になり――。
ビルとフラーのところ……貝殻かいがらの家いえ……ビルとフラーのところ……
ハリーは、知らないところに「姿くらまし」した。目的地の名前を繰り返し、それだけで行けることを願うしかなかった。額ひたいの傷は突き刺さすように痛み、小鬼こおにの重みが肩にのしかかっていた。ハリーは、背中にグリフィンドールの剣がぶつかるのを感じた。そのとき、ドビーが、ハリーに握られている手をぐいっと引いた。もしかしたら、妖精が、正しい方向へ導こうとしているのではないかと思い、ハリーは、それでよいと伝えようとして、ドビーの指をギュッと握った……。
そのとき、ハリーたちは固い地面を感じ、潮しおの香を嗅かいだ。ハリーは膝ひざをつき、ドビーの手を離して、グリップフックをそっと地面に下ろそうとした。
「大丈夫かい」
小鬼こおにが身動きしたのでハリーは声をかけたが、グリップフックは、ただヒンヒン鼻を鳴らすばかりだった。
ハリーは、暗闇を透すかしてあたりを見回した。一面に星空が広がり、少し離れたところに小さな家が建っている。その外で何か動くものが見えたような気がした。
「ドビー、これが『貝殻の家』なの」
ハリーは、必要があれば戦えるようにと、マルフォイの館から持ってきた二本の杖をしっかり握りながら、小声で聞いた。
「僕たち、正しい場所に着いたの ドビー」
ハリーはあたりを見回した。小さな妖精はすぐそばに立っていた。
「ドビー」
妖精がぐらりと傾いた。大きなキラキラした眼めに、星が映っている。ドビーとハリーは同時に、妖精の激はげしく波打つ胸から突き出ている、銀の小刀の柄えを見下ろした。