ハリーは、最初にオリバンダーに会ったとき、あまり好きになれない気がしたことを突然思い出した。ヴォルデモートに拷問ごうもんされ牢ろうに入れられたいまになっても、あの闇の魔法使いが「死しの杖つえ」を所有すると考えることは、このオリバンダーにとって、嫌けん悪お感かんを催もよおす以上にゾクゾクするほど強く心を奪うばわれるものであるらしい。
「あなたは――それじゃ、オリバンダーさん、その杖が存在すると、本当にそう思っていらっしゃるのですか」ハーマイオニーが聞いた。
「ああ、そうじゃ」オリバンダーが言った。「その杖がたどった跡あとを、歴史上追うことはまったくもって可能じゃ。もちろん歴史の空白はある。しかも長い空白によって、一時的に失われたとか隠されたとかで、杖が姿を消したことはあった。しかし、必ずまた現れる。この杖は、杖の術に熟達じゅくたつした者なら、必ず見分けることができる特徴とくちょうを備そなえておる。不ふ明めい瞭りょうな記述も含めてじゃが文献ぶんけんも残っており、わしら杖作つえつくり仲間は、それを研究することを本分としておる。そうした文献には、確実な信しん憑ぴょう性せいがある」
「それじゃ、あなたは――お伽噺とぎばなしや神話だとは思わないのですね」
ハーマイオニーは未練みれんがましく聞いた。
「そうは思わない」オリバンダーが言った。「殺人によって受け渡される必要があるかどうかは、わしは知らない。その杖の歴史は血ち塗ぬられておるが、それは単に、それほどに求められる品であり、それほどに魔法使いの血を駆かり立てる物だからかもしれぬ。計はかり知しれぬ力を持ち、間違った者の手に渡れば危険ともなり、我々、杖の力を学ぶ者すべてにとっては、信じがたいほどの魅力みりょくを持った品じゃ」
「オリバンダーさん」ハリーが言った。「あなたは『例のあの人』に、グレゴロビッチが『ニワトコの杖』を持っていると教えましたね」
これ以上青ざめようのないオリバンダーの顔が、いっそう青ざめた。ゴクリと生唾なまつばを飲んだ顔はゴーストのようだった。
「どうして――どうしてあなたがそんなことを――」
「僕がどうして知ったかは、気にしないでください」
傷痕きずあとが焼けるように痛み、ハリーは一瞬いっしゅん目を閉じた。ほんの数秒間、ホグズミードの大通りが見えた。ずっと北に位置する村なので、まだ暗い。
「『例のあの人』に、グレゴロビッチが杖を持っていると教えたのですか」
「噂うわさじゃった」オリバンダーが囁ささやいた。「何年も前の噂じゃ。あなたが生まれるよりずっと前の わしはグレゴロビッチ自身が噂の出所じゃと思っておる。『ニワトコの杖』を調べ、その性質を複製ふくせいするということが、杖の商売にはどんなに有利かわかるじゃろう」
「ええ、わかります」ハリーはそう言って立ち上がった。「オリバンダーさん、最後にもう一つだけ。そのあとは、どうぞ少し休んでください。『死しの秘宝ひほう』について何かご存知ぞんじですか」
「え――何と言ったのかね」杖作りはきょとんとした顔をした。
「『死の秘宝』です」
「何のことを言っているのか、すまないがわしにはわからん。それも、杖に関係のあることなのかね」
ハリーはオリバンダーの落おち窪くぼんだ顔を見つめ、知らぬふりをしているわけではないと思った。「秘宝ひほう」については知らないのだ。
「ありがとう」ハリーが言った。「本当にありがとうございました。僕たちは出ていきますから、どうぞ少し休んでください」