その晩、ハリーはよく眠れなかった。朝早く目が覚めて横になったままハリーは、魔法省に侵入しんにゅうする前夜に感じた、興こう奮ふんにも似にた決意けついを思い出した。今回は、不安と拭ぬぐいきれない疑いとでハリーの心はぐらついていた。何もかもうまくいかないのではないかという不安を、振り払うことができなかった。ハリーは、計画は万全だと、繰り返し自分を納得させた。グリップフックは立ち向かう相手を知っているし、遭そう遇ぐうしそうな困難な問題にはすべて十分に備えた。それでも、ハリーは落ち着かなかった。一度か二度、ロンが転てん々てんと寝返りを打つ音が聞こえ、ハリーは、ロンもまた眠れずにいるに違いないと思った。しかし、同じ部屋にディーンがいるので、ハリーは何も言わなかった。
六時になって、ハリーは救われる思いがした。ロンと二人で寝袋から抜け出し、まだ薄うす暗ぐらい中で着き替がえをすませた。それから手はずどおりに、ハーマイオニーやグリップフックと落ち合う庭にわに出た。夜明けは肌はだ寒ざむかったが、もう五月ともなれば風はほとんどなかった。ハリーは、暗い空にまだ青白く瞬またたいている星を見上げ、岩に寄せては返す波の音を聞いた。この音が聞けなくなるのは寂さびしかった。
ドビーの眠る赤土の塚つかからは、もう緑の若芽わかめが萌もえ出いでていた。一年も経たてば、塚は花で覆おおわれるだろう。ドビーの名を刻きざんだ白い石は、すでに風雨にさらされたような趣おもむきが出ていた。ドビーを埋まい葬そうするのに、これほど美しい場所はほかになかっただろうと、ハリーはあらためてそう思った。それでも、ドビーをここに置いていくと思うと、悲しさで胸が痛んだ。墓を見下ろしながら、ドビーはどうやって助けに来る場所を知ったのかと、またしてもハリーは疑問に思った。ハリーの指が、無意識に首から下げた巾着きんちゃくに伸び、あの鏡のかけらのギザギザな手触てざわりを感じた。あのときは、たしかにダンブルドアの目を鏡の中に見たと思ったのだが……。そのとき、ドアの開く音で、ハリーは振り返った。
ベラトリックス・レストレンジが、グリップフックを従えて、こちらに向かって堂々と芝生を横切ってくるところだった。グリモールド・プレイスから持ってきた古着の一つを着て、歩きながら小さなビーズバッグを、ローブの内ポケットにしまい込んでいる。正体はハーマイオニーだとはっきりわかってはいても、ハリーはおぞましさで思わず身震みぶるいした。ベラトリックスは、ハリーより背が高く、長い黒くろ髪かみを背中に波打たせ、厚ぼったい瞼まぶたの下からハリーを蔑さげすむような目で見た。しかし話しはじめると、ベラトリックスの低い声を通して、ハリーはハーマイオニーらしさを感じ取った。
「反へ吐どが出そうな味だったわ。ガーディルートよりひどい じゃあ、ロン、ここへ来て。あなたに術を……」
「うん。でも、忘れないでくれよ。あんまり長いひげはいやだぜ――」
「まあ、何を言ってるの。ハンサムに見えるかどうかの問題じゃないのよ――」
「そうじゃないよ。邪魔じゃまっけだからだ でも鼻はもう少し低いほうがいいな。この前やったみたいにしてよ」