ハーマイオニーはベラトリックスの杖つえを取り出し、目の前の平凡なレンガの壁を叩たたいた。たちまちレンガが渦うずを巻き、回転して、真ん中に現れた穴がだんだん広がっていった。そしてとうとう、狭せまい石畳いしだたみのダイアゴン横丁へと続く、アーチ形の入口になった。
横丁は静まり返っていた。開店の時間にはまだ早く、買い物客の姿はほとんどなかった。もう何年も前になるが、ハリーがホグワーツの最初の学期の準備じゅんびで来たときには、この曲りくねった石畳の通りはにぎやかな場所だった。しかし、いまは様変さまがわりしていた。これまでになく多くの店が閉じられ、窓に板が打ちつけられている一方、前回来たときにはなかった店が数軒、闇やみの魔術まじゅつ専門店として開店していた。あちこちのウィンドウに貼はられたポスターから、「問もん題だい分ぶん子しナンバーワン」の説明書きがついた自分の顔が、ハリーをにらんでいた。
ボロを着た人たちが何人も、あちこちの店の入口にうずくまっていた。まばらな通行人にうめくように呼びかけては金きん銭せんをせびり、自分たちは本当に魔法使いなのだと言い張っている声が、ハリーの耳に届いた。一人の男は、片方の目を覆おおった包帯が血だらけだった。
横丁よこちょうを歩きはじめると、物乞ものごいたちはハーマイオニーの姿を盗み見て、たちまち、その目の前から、溶とけてなくなるように姿を消した。フードで顔を隠し、蜘く蛛もの子を散らすように逃げていく後ろ姿を、ハーマイオニーは不思議なものを見るように眺ながめていた。するとそこへ、血だらけの包帯の男が現れ、よろよろとハーマイオニーの行く手をふさいだ。
「私の子どもたち」
男は、ハーマイオニーを指差して大声で言った。正気を失ったような、かすれて甲かん高だかい声だった。
「私の子どもたちはどこだ あいつは子どもたちに何をしたんだ おまえは知っている。知っている」
「私――私はほんとに――」ハーマイオニーは口ごもった。
男はハーマイオニーに飛びかかり、喉のどに手を伸ばした。そのとき、バーンという音とともに赤い閃せん光こうが走り、男は気を失って仰向あおむけに地面に投げ出された。ロンが杖つえを構えたまま、ひげ面づらの奥から衝撃しょうげきを受けたような顔を覗のぞかせて突っ立っていた。両側の窓々から、何人かが顔を出す一方、裕福そうな通行人が小さな塊かたまりになって、一いっ刻こくも早く離れようと、ローブをからげて小走りにその場から立ち去った。
ハリーたちのダイアゴン横丁入場は、これ以上目立つのは難しいだろうというほど人目についた。一瞬いっしゅんハリーは、いますぐ立ち去って別な計画を練るほうがよいのではないかと迷った。しかし、移動する間も相談する余裕よゆうもないうちに、背後で叫さけぶ声が聞こえた。
「なんと、マダム・レストレンジ」
ハリーはくるりと振り向き、グリップフックはハリーの首にさらにしがみついた。背の高い痩そう身しんの魔法使いが、大おお股またで近づいてきた。王おう冠かんのように見えるもじゃもじゃした白はく髪はつで、鼻は高く鋭い。
「トラバースだ」
小鬼こおにがハリーの耳に囁ささやいたが、その瞬間しゅんかん、ハリーはトラバースが誰だったか思い出せなかった。ハーマイオニーは思いっきり背筋を伸ばし、可能なかぎり見下した態度で言った。
「私に何か用か」
トラバースは、明らかにむっとして、その場に立ち止まった。
「死し喰くい人びとの一人だ」グリップフックが声を殺して言った。
ハリーはハーマイオニーに耳打ちして知らせようと、横歩きでにじり寄った。