「いまだ。いまやるんだ」グリップフックがハリーの耳元で囁いた。「服従ふくじゅうの呪じゅ文もんだ」
ハリーは「マント」の下でサンザシの杖を上げ、年老いた小鬼に向けて、生まれて初めての呪じゅ文もんを囁いた。
「インペリオ 服従せよ」
奇妙きみょうな感覚がハリーの腕を流れた。暖かいものがジンジン流れるような感覚で、どうやらそれは自分の心から流れ出て筋肉や血管を通り、杖と自分を結びつけて、いまかけた呪のろいへと流れ出していくようだった。小鬼はベラトリックスの杖を受け取り、念入りに調べていたが、やがてこう言った。
「ああ、新しい杖をお作りになったのですね、マダム・レストレンジ」
「何」ハーマイオニーが言った。「いや、いや、それは私の――」
「新しい杖」
トラバースが再びカウンターに近づいてきた。周り中の小鬼がまだ見つめている。
「しかし、そんなことがどうしてできる どの杖つえ作つくりを使ったのだ」
ハリーは考えるより先に行動していた。トラバースに杖を向け、ハリーはもう一度小声で唱となえた。
「インペリオ 服従せよ」
「ああ、なるほど、そうだったか」
トラバースがベラトリックスの杖を見下ろして言った。
「なるほど、見事なものだ。それで、うまく機能しますかな 杖はやはり、少し使い込まないとなじまないというのが、私の持論じろんだが、どうですかな」
ハーマイオニーは、まったくわけがわからないという顔だったが、結局、この不ふ可か解かいな成行なりゆきを、何も言わずに受け入れたので、ハリーはほっとした。
年老いた小鬼がカウンターの向こうで両手を打つと、若手の小鬼がやってきた。
「『鳴子なるこ』の準備じゅんびを」
年老いた小鬼がそう言いつけると、若い小鬼はすっ飛んでいき、ガチャガチャと金属音のする革袋かわぶくろを手に、すぐに戻ってきて、袋を上司に渡した。
「よし、よし では、マダム・レストレンジ、こちらへ」
年老いた小鬼こおには、丸まる椅い子すからポンと飛び降おりて姿が見えなくなった。
「私が金庫まで、ご案内いたしましょう」
年老いた小鬼がカウンターの端はしから現れ、革袋かわぶくろの中身をガチャつかせながら、いそいそと小走りでやってきた。トラバースは、口をだらりと開けて、棒のように突っ立っていた。ロンがぽかんとしてトラバースを眺ながめているせいで、周囲の目がこの奇妙きみょうな現象に引きつけられていた。
「待て――ボグロッド」
別の小鬼が、カウンターの向こうからあたふたと走ってきた。
「私どもは、指令を受けております」
小鬼はハーマイオニーに一礼しながら言った。
「マダム・レストレンジ、申し訳ありませんが、レストレンジ家の金庫に関しては、特別な命令が出ています」