その小鬼が、ボグロッドの耳に急いで何事かを囁ささやいたが、「服従ふくじゅう」させられているボグロッドは、その小鬼を振り払った。
「指令のことは知っています。マダム・レストレンジはご自分の金庫にいらっしゃりたいのです……旧家です……昔からのお客様です……さあ、こちらへ、どうぞ……」
そして、相変わらずガチャガチャと音を立てながら、ボグロッドはホールから奥に続く無数の扉とびらの一つへと急いだ。ハリーが振り返って見ると、トラバースは異常に虚うつろな顔で、同じ場所に根が生えたように立っていた。ハリーは意を決して、杖つえを一振りし、トラバースに従ついて来させた。トラバースは、おとなしく後ろから従ついてきた。一行は扉を通り、その向こうのゴツゴツした石のトンネルへと出た。松たい明まつがトンネルを照らしている。
「困ったことになった。小鬼ゴブリンたちが疑っている」
背後で扉がバタンと閉まるのを待って、「透とう明めいマント」を脱いだハリーが言った。グリップフックが肩から飛び降おりた。ボグロッドもトラバースも、ハリー・ポッターが突然その場に現れたことに、驚く気配をまったく見せなかった。
「この二人は『服従』させられているんだ」
無表情にその場に立つトラバースとボグロッドを見て、困こん惑わくした顔で尋たずねるハーマイオニーとロンに、ハリーが答えた。
「僕は、十分強く呪じゅ文もんをかけられなかったかもしれない。わからないけど……」
そのとき、また別の思い出がハリーの脳のう裏りをかすめた。ハリーが初めて「許ゆるされざる呪じゅ文もん」を使おうとしたときに、本物のベラトリックス・レストレンジが甲かん高だかく叫さけんだ声だ。
「本気になる必要があるんだ、ポッター」
「どうしよう」ロンが聞いた。「まだ間に合ううちに、すぐここを出ようか」
「出られるものならね」
ハーマイオニーが、ホールに戻る扉とびらを振り返りながら言った。その向こう側で何が起こっているか、わかったものではない。
「ここまで来た以上、先に進もう」ハリーが言った。
「結構」グリップフックが言った。「それでは、トロッコを運転するのに、ボグロッドが必要です。私にはもうその権けん限げんがありません。しかし、あの魔法使いの席はありませんね」
ハリーはトラバースに杖つえを向けた。
「インペリオ 服従ふくじゅうせよ」
トラバースは回れ右して、暗いトンネルをきびきびと歩きはじめた。
「何をさせているんですか」
「隠れさせている」
ボグロッドに杖を向けながら、ハリーが言った。ボグロッドが口くち笛ぶえを吹くと、小さなトロッコが暗くら闇やみからこちらに向かってゴロゴロと線路を走ってきた。全員がトロッコによじ登り、先頭にボグロッドが、後ろの席にグリップフック、ハリー、ロン、ハーマイオニーがぎゅう詰めになって乗り込んだとたん、ハリーは背後のホールから、たしかに叫さけび声が聞こえたように思った。