トロッコはガタンと発車し、どんどん速度を上げた。壁かべの割れ目に体を押し込もうとして身をよじっているトラバースの横をあっという間に通り過ぎ、くねくね曲がる坂道の迷路めいろを、トロッコは下へ下へと走った。ガタゴトと線路を走るトロッコの音にかき消されて、ハリーは何も聞こえなくなった。天井から下がる鍾しょう乳にゅう石せきの間を飛ぶように縫ぬって、どんどん地中深く潜もぐっていくトロッコに髪かみをなびかせながら、ハリーは何度もちらちらと後ろを振り返った。ハリーたちは、膨ぼう大だいな手がかりを残してきたも同然だった。考えれば考えるほど、ハーマイオニーをベラトリックスに変身させたのは愚おろかだったと、ハリーは後こう悔かいしはじめた。ベラトリックスの杖を誰が盗んだのか死し喰くい人びとにはわかっているのに、その杖を持ってくるなんて――。
トロッコは、ハリーが入ったことのない、グリンゴッツの奥深くへと入り込んでいった。ヘアピンカーブを高速で曲がったとたん、線路に叩たたきつけるように落ちる滝が目に飛び込んできた。滝まであと数秒もない。グリップフックの叫び声がハリーの耳に入った。
「ダメだ」
しかし、ブレーキを効かせる間もない。トロッコはズーンと滝に突っ込んだ。ハリーは目も口も水でふさがれ、何も見えず息もできなかった。トロッコがぐらりと恐ろしく傾いたかと思うと、ひっくり返って全員が投げ出された。トロッコがトンネルの壁かべにぶつかって粉こな々ごなになる音や、ハーマイオニーが何か叫ぶ声が聞こえた瞬間しゅんかん、ハリーは無重力状態でスーッと地面に戻るのを感じた。ハリーは何の苦もなく、岩だらけのトンネルに着地した。
「ク……クッション呪じゅ文もん」
ロンに助け起こされたハーマイオニーが、ゲホゲホ咳せき込みながら言った。そのハーマイオニーを見て、ハリーは大変だと思った。そこにはベラトリックスの姿はなく、ぶかぶかのローブを着てずぶ濡ぬれの、完全に元に戻ったハーマイオニーが立っていた。ロンも赤毛でひげなしになっていた。二人とも互いの顔を見、自分の顔を触さわってみてそれに気づいていた。
「盗ぬす人びと落としの滝たき」よろよろと立ち上がったグリップフックが、水みず浸びたしの線路を振り返りながら言った。いまになってハリーは、それが単なる水ではなかったことに気づいた。
「呪じゅ文もんも魔法による隠いん蔽ぺいも、すべて洗い流します グリンゴッツに偽にせ者ものが入り込んだことがわかって、我々に対する防ぼう衛えい手段が発動されたのです」
ハーマイオニーがビーズバッグがまだあるかどうかを調べているのを見て、ハリーも急いで上着に手を突っ込み、「透とう明めいマント」がなくなっていないことを確かめた。振り返ると、ボグロッドが当とう惑わく顔がおで頭を振っているのが見えた。「盗人落としの滝」は、「服従ふくじゅうの呪じゅ文もん」をも解といてしまったようだ。
「彼は必要です」グリップフックが言った。「グリンゴッツの小鬼ゴブリンなしでは、金庫に入れません。それに『鳴子なるこ』も必要です」
「インペリオ 服従ふくじゅうせよ」
ハリーがまた唱となえた。その声は石のトンネルに反響はんきょうし、同時に、頭から杖つえに流れる陶とう然ぜんとした強い制せい御ぎょの感覚が戻ってきた。ボグロッドは再びハリーの意思に従い、まごついた表情が礼儀正しい無表情に変わった。ロンは、金属の道具が入った革袋かわぶくろを急いで拾った。