舵かじを取る手段はなかった。ドラゴン自身、どこに向かっているのか見えていなかった。もし急に曲がったり空中で回転したりすれば、三人ともその広い背中にしがみついていることはできないと、ハリーにはわかっていた。にもかかわらず、どんどん高く舞い上がり、ロンドンが灰色と緑の地図のように眼下に広がるにつれ、ハリーは不可能と思われた脱出ができたことへの感かん謝しゃの気持のほうが圧倒的に強いことを感じていた。ドラゴンの首に低く身を伏せて金属的な鱗うろこにしっかりしがみついていると、ドラゴンの翼つばさが風車の羽は根ねのように送る冷たい風が、火傷やけどで火脹ひぶくれになった肌はだに心地よかった。後ろでは、うれしいからか恐ろしいからかロンが声を張はり上げて悪あく態たいをつき、ハーマイオニーはすすり泣いているようだった。
五分も経たつと、ドラゴンが三人を振り落とすのではないかという緊きん迫ぱくした恐れを、ハリーは少し忘れることができた。ドラゴンが、地下の牢ろう獄ごくからなるべく遠くに離れることだけを思いつめているようだったからだ。しかし、いつ、どうやって降おりるかという問題を考えると、やはりかなり恐ろしかった。ハリーは、ドラゴンという生き物が休まずにどのくらい飛び続けられるのか知らなかったし、このほとんど目の見えないドラゴンがどうやってよい着陸地点を見つけるのか、まったくわからなかった。ハリーはひっきりなしにあたりに目を配った。額ひたいの傷きず痕あとが疼うずくような気がしたからだ……。
ハリーたちがレストレンジの金庫を破ったことが、ヴォルデモートの知るところとなるまでにどのくらいかかるだろう グリンゴッツの小鬼こおにたちは、どのくらい急いでベラトリックスに報しらせるだろう 盗まれた品物が何なのかに気づくまでにどのくらいの猶予ゆうよがあるのだろう そして、金のカップがなくなっていると知れば、ヴォルデモートもついに気づくだろう。ハリーたちが分ぶん霊れい箱ばこを探し求めていることに……。
ドラゴンは、より冷たく新しん鮮せんな空気に飢うえているようだった。どこまでも高く上がり、とうとういまは冷たい薄うす雲ぐもが漂う中を飛んでいた。それまで色のついた小さな点のように見えていたロンドンに出入りする車も、もう見えなくなった。ドラゴンは飛び続けた。緑と茶色の区画に分けられた田園の上を、景色を縫ぬって蛇行だこうする艶消つやけしのリボンのような道や光る川の上を、どこまでも飛んだ。