通り抜けるべき空間の空気が固まってしまったかのようだった。「姿くらまし」はできなかった。死し喰くい人びとのかけた呪じゅ文もんは、見事に効いていた。冷たさがハリーの肉に、次第に深く食い込んできた。ハリーたち三人は、手探りで壁かべを伝いながら、音を立てないように脇わき道みちを奥へ奥へと入り込んだ。すると脇道の入口から、音もなく滑すべりながらやってくる吸魂鬼が見えた。十体、いやもっとたくさんいる。周りの暗闇よりもさらに濃こい黒でそれとわかる吸魂鬼は、黒いマントを被かぶり、瘡かさ蓋ぶたに覆おおわれた腐くさった手を見せていた。周辺に恐怖きょうふ感かんがあると、それを感じ取るのだろうか ハリーはきっとそうだと思った。さっきより速度を上げて近づいてくるようだ。ハリーの大嫌いなあのガラガラという息を長々と吸い込み、あたりを覆おおう絶ぜつ望ぼう感かんを味わいながら吸魂鬼が迫せまってくる――。
ハリーは杖つえを上げた。あとはどうなろうとも、吸魂鬼のキスだけは受けられない、受けるものか。ハリーが小声で呪文を唱となえたときに思い浮かべていたのは、ロンとハーマイオニーのことだった。
「エクスペクト パトローナム 守護霊よ、来たれ」
銀色の牡鹿おじかが、ハリーの杖から飛び出して突とつ撃げきした。吸魂鬼は蹴け散ちらされたが、どこか見えないところから勝ち誇ほこった叫さけび声が聞こえてきた。
「やつだ。あそこだ、あそこだ。あいつの守護霊を見たぞ。牡鹿だ」
吸魂鬼は後退し、星が再び瞬またたきはじめた。死喰い人たちの足音がだんだん大きくなってきた。恐怖と衝撃しょうげきでハリーがどうすべきか決めかねていると、近くで閂かんぬきを外はずす音がして狭せまい脇道の左手の扉とびらが開き、ガサガサした声が言った。
「ポッター、こっちへ、早く」
ハリーは迷わず従った。三人は開いた扉から中に飛び込んだ。
「二階に行け。『マント』は被ったまま。静かにしていろ」
背の高い誰かが、そうつぶやきながら三人の脇を通り抜けて外に出ていき、背後で扉をバタンと閉めた。