「それでいいんだよ」
ルーナが励はげますように言った。まるで「必要ひつようの部へ屋や」に戻っての呪じゅ文もん練習をしているにすぎないという口調だ。
「それでいいんだもン。さあ、ハリー……ほら、何か幸せなことを考えて……」
「何か幸せなこと」ハリーはかすれた声で言った。
「あたしたち、まだみんなここにいるよ」ルーナが囁ささやいた。「あたしたち、まだ戦ってるもン。さあ……」
銀色の火花が散り、光が揺ゆれた。そして、これほど大変な思いをしたことはないというほどの力を振りしぼり、ハリーは杖先つえさきから銀色の牡鹿おじかを飛び出させた。牡鹿はゆっくりと駆かけて前進し、吸きゅう魂こん鬼きはいまや雲うん散さん霧む消しょうした。夜はたちまち元通りの暖かさを取り戻したが、周囲の戦いの音もまた、ハリーの耳に大きく響ひびいてきた。
「助かった。君たちのおかげだ」
ロンがルーナ、アーニー、シェーマスに向かって、震えながら言った。
「もうだめかと――」
吼ほえ声を上げ、地面を震わせて、またしても別の巨人が、禁じられた森の暗闇くらやみから、誰の背せ丈たけよりも長い棍棒こんぼうを振り回しながら、ゆらりゆらりと姿を現した。
「逃げろ」ハリーがまた叫さけんだ。
言われるまでもなく、みんなもう散らばっていた。危き機き一いっ髪ぱつ、次の瞬間しゅんかん、怪物の巨大な足が、たったいまみんなの立っていた場所に正確に踏ふみ下ろされていた。ハリーは周りを見回した。ロンとハーマイオニーはハリーに従ついてきていたが、あとの三人は、再び戦いの中に姿を消していた。
「届かないところまで離れろ」ロンが叫んだ。
巨人はまた棍棒を振り回し、その吼え声は夜を劈つんざいて校庭に響き渡った。校庭では炸裂さくれつする赤と緑の閃光せんこうが、闇を照らし続けていた。
「暴あばれ柳やなぎだ」ハリーが言った。「行くぞ」
ハリーはやっとのことで、すべての想いを心の片隅かたすみに押し込めた。狭せまい心の空間に、すべてを封ふうじ込めて、いまは見ることができないようにした。フレッドとハグリッドへの想い。城の内外に散らばっている愛するすべての人々の安否に対する恐怖きょうふ。すべてをいまは封印ふういんしなければならない。三人は走らなければならないのだから。蛇へびとヴォルデモートのいるところに行かなければならないのだから。そして、ハーマイオニーが言ったように、そのほかに事を終わらせる道はないのだから――。