誰もが無言だった。誰もが、ハリーと同じくらい恐怖きょうふに駆かられているようだった。ハリーの心臓は、いまや肋骨ろっこつに体当たりし、ハリーが間もなく捨て去ろうとしている肉体から逃げ出そうと必死になっているかのようだった。「透明とうめいマント」を脱ぐハリーの両手は、じっとりと汗ばんでいた。ハリーは、マントと杖つえを一緒いっしょにローブの下に収めた。戦おうという気持が起きないようにしたかった。
「どうやら俺様おれさまは……間違っていたようだ」ヴォルデモートが言った。
「間違っていないぞ」
ハリーは、ありったけの力を振りしぼり、声を張り上げた。怖気おじけづいていると思われたくなかった。「蘇よみがえりの石いし」が、感覚のない指からすべり落ちた。焚き火の灯あかりの中に進み出ながら、ハリーは、両親もシリウスもルーピンも消えるのを、目の端はしでとらえた。その瞬間しゅんかん、ハリーはヴォルデモートしか念頭になかった。ヴォルデモートと、たった二人きりだ。
しかし、その感覚はたちまち消えた。巨人が吼ほえ、死し喰くい人びとたちがいっせいに立ち上がったからだ。叫さけび声、息を呑のむ音、そして笑い声まで湧わき起こった。ヴォルデモートは凍こおりついたようにその場に立っていたが、その赤い眼めはハリーをとらえ、ハリーが近づくのを見つめていた。二人の間には焚き火があるだけだった。
そのとき、わめき声がした――。
「ハリー やめろ」
ハリーは声のほうを見た。ハグリッドが、ギリギリと縛いましめを受け、近くの木に縛りつけられていた。必死でもがくハグリッドの巨体が、頭上の大枝を揺ゆらした。
「やめろ ダメだ ハリー、何する気――」
「黙だまれ」ロウルが叫び、杖の一振りでハグリッドを黙らせた。