母が、今年、六十歳になる。還暦である。
息子たちと、嫁たちと、孫たちとが、一日、ささやかながら宴をもうける相談をする。
孫の一人が(彼女は中学生だが)「カンレキって、なんのこと? どうして赤いちゃんちゃんこを着るの?」と質問をする。私が説明する、十干、十二支……
「だから赤いちゃんちゃんこを着るのさ」
「ふーん。もっと年とると、どうなる?」
「七十七歳が喜の字祝い」
「ふーん。それから?」
「八十八歳が米寿の祝い」
すると、彼女はたちまち吹きだして「うふふ、うそ!」といった。
六十歳の赤はともかく、八十八歳のお祝いにベージュ色なんて! そんな最新流行のことばが、昔からあったはずはないわ、と当世の女子中学生の目は言っているようであった。私は米寿の説明をした後、つけ加えた。
「米寿は還暦からかぞえると、まだ二十八歳だからね。ベージュの服もよく似合うのさ」
——一九六一年一月 東京新聞——