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決められた以外のせりふ123

时间: 2019-01-08    进入日语论坛
核心提示:服装閑語 着るものについて、僕はあんまりうるさくない方である。 シャツやネクタイを買ったり、服をつくったりする時には、二
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 服装閑語
 
 着るものについて、僕はあんまりうるさくない方である。
 シャツやネクタイを買ったり、服をつくったりする時には、二つの原則に従うことになっている。無理をしないこと、いちばん良い品物を選ぶことである。
 無理をしないということは、言いかえるとむやみに冒険をしないこと、流行を追わないということだ。その時その時の自分にぴったりするものだけを買う。いちばん良い品物を買うということは、大体において、いちばん高いものを買うということになるが、品質のいいものは、高いようでも長持ちがするから結局は徳である。
 この二つの原則は、服飾品にかぎらず、あらゆる買物の場合にあてはまると、僕は思っている。
 服装というものは、どうも、それを着る当人次第のものらしく思われる。早い話が、中肉中背、八頭身で、眉目秀麗なら、誰でもベスト・ドレッサーになれるというわけのものではないだろう。どんなに小粋《こいき》ななりをしてみても、着ている当人にそれだけの「粋」がなければ、おかしなものになってしまう。紺のスーツは、落ちついて、上品だから、是非一着もっていた方がよろしい、とはいっても、紺には無数の色合があり、出来上った服は、その生地とデザインとを選んだ当人の質に応じて、品をあらわすのである。
 僕の知っているある若い奥さん——女優さんだが——は、服でもセーターでも着物でも、大抵は辛子色か緑のを着ている。それが彼女の好きな色なのだ。それぞれに黒や臙脂《えんじ》やグレーを効果的に組み合せているせいもあるが、その辛子色なり緑なりが、ひとつひとつ生地も色合も違っているので、決して単純な気分をおこさせない。これほど、一つの色に打ちこむことは、なかなか出来ないだろうし、そうなれば、流行などというものはどこかへ行ってしまうだろう。自分に似合った色を選べ、自分の基本色を選べという忠告も、こういう、一つの色のヴァリエーションに対する感覚のゆたかなひとが採用した時にはじめて生かされるので、そうでなければ、たいへん退屈な効果を生むことになってしまうに違いない。
 それにしても、流行というものはおかしなものだ。みんなとは違った恰好をしたいという欲望と、みんなと同じ恰好をしたいという欲望——流行という現象はまるで正反対な二つの欲望に支えられているように思われる。
 僕は、自分の色彩に対する感覚などあまりあてにしていないから、基本色など到底決められないと思っている。そのかわり、いろいろな恰好をしてみたいと思っている。紺のダブルもよし、シャツスタイルもよし、結城《ゆうき》もよし。その時その時の気分に応じて、どんな恰好でも自由に出来たら、ずいぶん愉しいだろう。儀式もよし、カクテル・パーティーもよし、放浪もよし。端坐もよし。役者的性向のあらわれかも知れない。しかしまた一方では普段はなるべく、見るからに、何でもないような恰好をして——これからの季節でいえば、背広にタートル・ネックのセーターぐらいにしておいて、いろいろな服を、衣裳を着るたのしみは、舞台のために、そっと取っておきたいような気持もしないわけではない。
                                             ——一九五六年一月 京服飾新聞——
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