セルがクリーヴランド管弦楽団といっしょに入れたレコードのすべては、その意味で、現代の演奏の一つの典型的存在である。
たとえば、ハイドンの『交響曲第九三番ニ長調』と『第九四番ト長調驚愕《きようがく》』を裏表にいれたレコード(アメリカ盤ML六四〇六)。これなども、名盤中の名盤である。
ハイドンだけをきかせて、現代人を心から満足させるのは容易なことではない。セルのハイドンは、そのごく少数の一つであり、私の今日まできいたレコードの中でいえば、おそらくライナー指揮のそれとならんで、最高の列に数えられるべきものである。
合奏の完璧。明確で柔軟な表情。バランスの良さ。ここに、セルの最良の姿がある。ことに、彼のいう管弦楽の各部門相互間の均衡のうちにうちたてられた、いくつもの声部の流れの共存は、理想的な姿で実現している。主要声部と副声部はきちんと秩序をもって共存しているのだが、また逆に、主要声部が裸のむき出しの形で孤立していることはないのである。セルのいう「垂直でなく、水平な、つまりポリフォニックな聴き方」の表われである。本当に、これは室内楽的完璧さを達成した交響的音楽演奏の範例だろう。