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今日からマ王2-7

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
核心提示:          7  島の乙女《おとめ》に恋《こい》をすりゃ  ヴァン・ダー火山も大噴火《だいふんか》  ともに海は
(单词翻译:双击或拖选)
           7
 
 
  島の乙女《おとめ》に恋《こい》をすりゃ
  ヴァン・ダー火山も大噴火《だいふんか》
  ともに海は渡《わた》れねど
  見上げる空に同じ月
  あコリャ、ヴァン、ヴァン、ヴァンダヴィーア、夢の島
  一度来たなら忘られぬ(手拍子《てびょうし》)
 
 
 以上、ヴァン・ダー・ヴィーア音頭《おんど》、一番でした。
 おれとしてはこの、夢の島ってのはどうだろうかと思うのだが。だって埋立地《うめたてち》みたいなイメージがあるし、
「ぜーんぜん、夢の島なんかじゃねーしーィ!」
 息が弾《はず》むし足が重い。
 だが登山道は果てしなく続き、ごねても叫《さけ》んでも変わらない。
 かれこれ四時間半前に、汗《あせ》と塩水と名も知れぬ海草でずぶ濡《ぬ》れになりながら、おれたちは半魚人よろしく上陸した。ドックでもマリーナでもない普通《ふつう》の砂浜に。そのままの格好《かっこう》ではあまりにも怪《あや》しいだろうということで、使われていない海の家で身形《みなり》を整え、ほんのちょっと仮眠《かみん》をとってから、すぐさま山登りを開始した。
 道は舗装《ほそう》されてますから、子供でも楽に山頂まで行けますよなんてコンラッドの知ったかぶった言葉に騙《だま》されて、スタートしたのが運のつきだった。
「楽に登れる子供がいたら、世界スーパーチルド連に入れるよッ」
「なにいってるんですか、こんな坂道。登攀《とうはん》訓練にもなりゃしない」
 登攀訓練なるものは、いち高校生には縁がない。
「昼前になんとか登り切れば、時間に余裕《よゆう》がもてますよ」
「けどおれさっき胃の中のもん全部|吐《は》いた病人だぜ!? なのにこれじゃ苛酷《かこく》すぎるよ」
「それは陛下《へいか》が意地汚《いじきたな》く、急にフルコース食ったから」
 二日近く眠っていた空っぽの腹は、いきなりのご馳走《ちそう》に驚《おどろ》いて胃痙攣《いけいれん》を起こした。豪華《ごうか》客船の下層の監禁室《かんきんしつ》には、身代わり人形と一緒《いっしょ》におれの吐瀉物《としゃぶつ》が残された。
 高くなってきた太陽に髪《かみ》を焼かれ、後頭部が熱をもってズキズキする。靴底《くつぞこ》に当たる石畳《いしだたみ》は、平らというには程遠《ほどとお》い。
「信じらんない、も、箱根《はこね》の旧街道《きゅうかいどう》歩かされた時みたい。あれも嘘《うそ》だろってくらい険しくてさぁ、けものみちなんじゃねーかと疑ったよ」
 ただし、ここは気候温暖の夢の島、脇《わき》に立つのは広葉樹林。
 ヴァン・ダー・ヴィーアは周囲百キロメートルくらいの火山島で、数多くの温泉に恵《めぐ》まれている。海の幸も豊富なので、収入は観光資源に頼《たよ》っている。おれが地図帳で覚えた島といえば、バヌアツ共和国エロマンガ島くらいのものだから、百キロの島が大きいのか小さいのか判《わか》らないが、リゾート地としては手頃《てごろ》だろう。
 後続を引き離《はな》して一人旅をしていたヨザックが、振《ふ》り向いて大きく手を振った。
「もうちょっとで休憩所《きゅうけいじょ》があるよーん!」
「ちょっとってどれくらい!?」
 女装していないときのヨザックは本当にパワフルで、さすが理想的外野手体形の持ち主だった。しなやかで素早《すばや》い身のこなしは、どんな打球でもシングルヒットにしてしまいそうだ。仕事と称《しょう》して女性に交ざっていたときも、もしかしてパワフルだったのかもしれない。お相手しなくて賢明《けんめい》だった。
 いやに長い「ちょっと」を登り切ると、確かに休憩所はそこにあった。
「……ちゃ、茶店……?」
 営業中。
 緋毛氈《ひもうせん》を多用した店の造りは、上様がよくお茶と団子を召《め》し上がる、時代劇の茶店にそっくりだった。
 おれはへなへなと座《すわ》り込み、メニューも見ずに注文した。
「おかみ、団子と茶を」
「へえ」
 出てきたのは金髪碧眼《きんぱつへきがん》の美人|女将《おかみ》で、出された物はクッキーと紅茶だった。
「……こんなはずじゃ……」
 コンラッドとヨザックは涼《すず》しい顔で白磁のティーカップを口元に運んでいるが、おれとヴォルフラムは指先も震《ふる》え、飲み物をすすり込む気力もない。
 盆《ぼん》を抱《かか》えて立ったままの美人女将は、お元気さん二人とぐったりさん二人という妙《みょう》な団体に興味|津々《しんしん》で、一番声のかけやすそうなおれに尋《たず》ねた。
「あのね、お客さん、ご存じだとは思うんだけどもね。祭りの神輿《みこし》が出発すんのは、ここじゃなぐって隣《となり》の山なんだけどもね」
「えっ!? ここは祭りと関係ないの!?」
「休火山はお隣の山だよ。ここは温泉宿が四、五軒あっだけで、それだってうちんとこでおしまいだけども」
 店から数十メートル離れた奥《おく》に、ひなびた感じの建物がある。
「ちょっとォ、おれたち間違《まちが》えたらしいよ!? 下山してもう一度チャレンジなんて、おれはまだしも……」
 茶わんを両手で握《にぎ》ったきりのヴォルフラムは、虚《うつ》ろな目をして動かない。
「……こいつなんかもう別の世界にイッちゃってるし」
「間違えてませんよ。用があるのは隣の神殿《しんでん》じゃない」
「え、じゃあ観光協会で配ってたパンフの、パルテノン神殿みたいなとこには行かないの?」
「見たかったんですか? それは申し訳ないことを」
 コンラッドはカップをソーサーに戻《もど》した。ヨザックは幼なじみの言葉に頷《うなず》きながらも、焦《こ》げ気味のクッキーを前歯でかじり、熱量の補給に余念がない。
「休火山から駆《か》け降りる炎《ほのお》の神輿なんかに興味があると思わなかったんで。俺達《おれたち》が用があるのはこの山の頂上。勇壮《ゆうそう》な火祭りじゃないんです」
 炎の神輿……なんかちょっとそっちも見たくなってきた。
「お客さん、山の上に行ってもどうしよっもないよ!」
 女将が色を失った。
「頂の泉はあれ以来、閉鎖《へいさ》されてっし、他《ほか》に見るよなもんもなんもないし! 確かまだ釣《つ》り堀《ぼり》は残ってるけどもね」
「あれ以来ってなに? 何かあったのか」
 彼女はちらっとコンラッドの方を窺《うかが》った。あちらが保護者だと判断したらしい。
「十五、六年前の夏の夜に、天から赤い光が降ってきたんだけども、そいづが頂の泉に落っこって、泉は三日三晩も煮《に》え立ったんっす」
「隕石《いんせき》だったんだ!?」
 女は大げさに首を振り、意味もなく声をひそめて効果を上げた。
「……魔物《まもの》だったんっす」
「魔物?」
「そう。それから泉にはだーれも入れなくなって。入るとビビビっと痺《しび》れちゃうんだけども。ひどい人は心臓止まっちまったり、大火傷《おおやけど》したりで大変なんっす。湯に触《さわ》らずに奥の泉まで行って、魔物を見た人が一人だけいるんだけどもね、なんか銀色でビカビカしてって、掴《つか》もうとしたらあまりのことに気ィ失っちゃったんっす」
 銀色でビカビカしてて、掴もうとしたら気絶させられた!?
「そいづは半死半生で発見されって、今でも意味わがんねっことぶつぶつ言うらしんっすけどもね。顔の火傷はとうに治ってっのに、顔が顔がって喚《わめ》くんですってさ」
 稲川淳二《いながわじゅんじ》調で語られたら数倍|怖《こわ》い。けど、おれの頭脳が導きだした推測では、そいつは魔物ではなくて魔剣《まけん》じゃないかな。ということは魔剣をゲットして持ち帰れば、閉鎖された泉も元通りになる。
 眞魔国の強さもアップして、他国に侵攻《しんこう》される心配もなくなる。おまけに王様としての権威《けんい》も増し、すべてにおいて万万歳《ばんばんざい》だ。
「安心せい、おかみ。我々はその魔物を退治するために参ったのだ。じきに泉にも平穏《へいおん》が訪《おとず》れるであろう」
「……銀のビカビカを掴めりゃぁな」
「ヨザ!」
「だってそーだろ? これまで何十人もが被害《ひがい》にあってるんだぜ? 坊《ぼ》っちゃんだけが無事って保証はねーじゃん」
 お庭番が縁起《えんぎ》でもないことを言う。ディズニーの兎《うさぎ》みたいな笑い声を軋《きし》ませて。
「ま、心配しなさんな。もしそうなってもオレたちが、縄《なわ》で吊《つ》ってまたお船で連れて帰ってあげっからよ」
「ヨザ! 無礼が過ぎる」
 おれは咄嗟《とっさ》に手を叩《たた》いていた。
 そうだよ、船じゃん!?
 
 
 
 幸いなことに、山頂の釣り堀には、白い塗装《とそう》が所々はげたイカすボートが放置されていた。
「……まあ、底さえ抜《ぬ》けなければ、それで」
「そーだよ! ちょっとボロくたって、泥《どろ》の船よりずっとましだよ」
「柄杓《ひしゃく》、どっかに柄杓ねーか? 溜《た》まった水をすくいだす柄杓!」
 このお庭番ときたら、女装しててくれるほうが静かでありがたい。お銀と飛猿《とびざる》の一人二役で便利だし。
 釣り堀の濁った水面を、巨大《きょだい》な魚がダボンと跳《は》ねた。宿敵がいなくなった呑気《のんき》な生活は、鮒《ふな》を鮪《まぐろ》に進化させたようだ。
 お粗末《そまつ》なバリケードを乗り越えて、頂の泉のほとりに立つ。入り口の壁《かべ》には数え切れない落書きがあった。赤や黄色の様々な線は、おれの目にはまったく意味をなさない。
「なんて書いてあんの?」
 ヨザックが棒読みする。
「オレたちゃここに来たぜヘイヘイヘイ、命知らずだぜイエーイ」
「度胸|試《だめ》しかい」
 入り口からすぐに洞穴《ほらあな》になっていて、壁も天井《てんじょう》も剥出《むきだ》しの岩だ。広いし高いから圧迫感《あっぱくかん》はないが、外の光が届かないので薄気味《うすきみ》悪さは格別だ。それぞれカンテラで別方向を照らす。
 水温が高いのか湯気もうもうだ。
「俗《ぞく》に言う、洞窟風呂《どうくつぶろ》の大規模なやつだな。温泉テーマパークにあったりする……」
「ちっ」
 オールから湯が跳ねたのか、コンラッドが手の甲《こう》を押《お》さえた。
「そんなに熱いの? まさか熱湯風呂!?」
「陛下、危な……」
 ボートから指を浸《ひた》してみる。適温だ、いい湯加減という感じ。
「ほどほどじゃん」
「平気なんですか?」
 おれは元々、気が短いから、風呂は熱めが好みなのだ。
「平気も何も……ぁいてッ!」
 太股《ふともも》に百足《むかで》に刺《さ》されたような、激痛と痺れが同時に走る。濡れた指を振った拍子に、雫《しずく》が落ちてかかったらしい。
「うわぁやばっ! あつ、あつつ、ビリビリすんぞ!? 海月《くらげ》、海月に刺されて、それも電気クラゲ、電気クラゲっ! けどなんで手は? なんで素手《すで》で触《さわ》って熱くなかったんだ?」
 服の上から濡れた太股が大惨事《だいさんじ》なのに、直接浸した指はどうして何ともないのか。
「俺は手も痺れましたよ。ほら、腫《は》れてきてる」
「ほんとだ! これはつまり泉質が酸性だってことかな」
 弱酸性ならお肌《はだ》にいいのだが。うまい説明にはなっていない。
 試しに靴《くつ》も靴下も脱《ぬ》いで、裸足《はだし》の親指を下ろしてみる。
「……大丈夫《だいじょうぶ》だ……」
「まずいな」
「どして?」
 おれは両足とも浸してみた。熱めという他に感想はない。
「俺達は魔剣モルギフが山頂にあるって情報を得て、ここに来ました。地元の話と照らし合わせても、どうやらこの泉の魔物がモルギフらしい。湯が特殊《とくしゅ》な変化を起こしているのも、恐《おそ》らくあいつの仕業《しわざ》でしょう」
「へえ、そんなことできるんだぁ。さすが魔剣」
「感心してる場合じゃないですよ。モルギフを持てるのは魔王陛下だけだと言ったでしょう? だからこそ湯に触《ふ》れても平気なんですよ。服の部分は陛下じゃないから、攻撃《こうげき》を受けて熱いってわけです」
「いやな予感がしてきた」
 慎重《しんちょう》に漕《こ》ぎ進んでいたヨザックが、左手の照明を高くかかげる。
「銀のビカビカが見えてきたぜ!」
 地元民の恐れる泉の魔物は、洞窟の最奥《さいおう》の岩壁に、寄り掛《か》かるように沈《しず》んでいた。明かりを反射して輝《かがや》くさまは、きらきらというよりギラギラだ。おれの信頼《しんらい》する野球仲間は、申し訳ないがと前置きしてから、言った。
「服を脱《ぬ》いでください」
「ええええええっ!?」
「いや、そうじゃなく、湯に入ってもらわないとならないので。ボートではこれ以上進めないし、服を着てるとさっきのように逆に被害《ひがい》が」
「ああ、そ、そーゆーこと」
 おれはまた、前回ヴォルフを引っ掛けたように、相撲《すもう》でどうにかするのかと思っちゃったよ。
「OK、OK、あそこまで歩いて行ってメルギブとってくりゃそれでいいのね」
「気をつけて。足を滑《すべ》らせたりしないように」
 よーし、男は思い切りが肝心《かんじん》だ。どうせ今回こっちに来たのだって、銭湯で流されたのが原因じゃないか。見た感じも聞いた感じも流された感じも、トイレの水よりゃずっといい。しかもここは休火山島の温泉地、身体《からだ》にいいことお墨《すみ》付きだ。
 おれは二人に背を向けて、用心深く足を下ろした。ボートが止まっているのは浅瀬《あさせ》で膝《ひざ》までの水位だが、その先は急に深くなる。
「大丈夫ですか? 痺れるとか、そういうのは」
「ちょい熱めでいい感じ。血圧の高い人は要注意ィ」
 コンラッドは苦笑して、いつもの耳に心地《ここち》いい声で言った。
「しばらく温まっていきますか?」
「仕事しちゃってからにしよ」
 問題の物が沈んでいる付近は、鳩尾《みぞおち》も濡れるくらいの水深だ。これは風呂でなくプールだろう。膝を曲げてゆーっくりと手を伸《の》ばし、指先が硬《かた》い金属に触れるか触れないか……という時だった。
「ぎゃ!」
「どうした!?」
 気のせいかもしれない。もう一度、恐る恐る指を伸ばす。そちらをなるべく見ないようにして。だが。
「うぎゃ! 咬《か》んだ咬んだ、なんか魚みたいな口がおれの指を咬んだ、絶対咬んだッ」
 飛びすさって水中を覗き込む。波が静まるのを待って目を凝《こ》らすと、そこにいたものは銀色に輝く剣……についた……。
「ぎゃー顔が! 顔が顔がぁぁぁ!」
 これだったのか!
 魔物を直接見た若者が、顔が顔がと喚いたのはこのことだったのだ。
 そこにいたのは、顔を持つ剣だった。
 いくら野球に明け暮れていたとはいえ、おれだってゲームくらいやっている。パワプロもやきゅつくもやり込んだし、村田に押し付けられてサカツクもやった。もちろんドラクエ、FFというビッグタイトルのRPGも人並みにプレイした。だからキャラクター限定の特殊な武器として、顔のある剣ぐらいは何度も見ている。多くが不気味な彫刻《ちょうこく》で、柄《つか》の部分の装飾が鬼面《きめん》になっている。魔王になる前の話だが、その武器でヴァンパイアと闘《たたか》ったこともある。ああ、それは昔の|PS《プレステ》でね。
 だが、こいつときたら。
「聞いてねーぞ!? おれこんなヤバイやつだなんて全然聞いてねーかんなッ! これ絶対に呪《のろ》われる! 触《さわ》ったら誰《だれ》でも呪われる!」
 柄の部分ではなく、刃《は》の根元に、彫《ほ》ったものではないようなリアルな顔が浮《う》かんでいるのだ。そいつはよくある鬼《おに》とかモンスターとかの険しく強そうな表情ではない。ムンクの叫《さけ》びに悪意を持たせたような、おどろおどろしくもどこか情けない、いやーな顔つきだ。
「やだよーこんなスクリームの悪役みたいな奴《やつ》ぅー! しかも困った系も入ってるぅー」
 おれも泣きが入っている。
「しっかり、陛下、落ち着いて」
「だって咬んだんだぜ!? こいつこんな、ヒトに見える壁《かべ》のしみみたいな顔しててからにさ、おれの人差し指を咬んだんだぜ!? ああおれもう絶対に呪われたっ、もう恋愛《れんあい》も結婚《けっこん》もできないんだーぁ! こんなヤツ触れるわけねぇじゃん、こんなヤツ持てる勇者いるわけないよ」
「判《わか》った、ユーリ。無理ならいいんだ、他《ほか》の手を考えよう。落ち着いて、ゆっくり歩いて、戻《もど》って来るんだ」
 おれは呼吸を整えようと、胸の石を掴《つか》んで唾《つば》を飲んだ。
 ヨザックが、どこか歌うように手招いている。
「戻っておいで陛下、危険なことはしなくていい。戻っておいで早く、危ない橋は兵隊が渡《わた》るから」
 噛《か》みすぎて固くなったガムが、喉《のど》につかえて邪魔《じゃま》してるみたいだ。抑《おさ》えておくべき厄介《やっかい》な感情が、飲み下せなくて苦しくなる。
「……無責任だ、っていいたいのか?」
「ユーリ、いいから」
「おれが無責任だっていいたいのか!?」
 ヨザックは小舟《こぶね》のへりに腰《こし》を掛《か》けたまま、オレンジの髪を掻《か》き上げてはおろしていた。おれの護衛にきたはずの男は、頭のいい動物特有の笑《え》みを浮かべた。
 賢《かしこ》くて強い、けれど優《やさ》しくない獣《けもの》の笑いだ。
「オレぁそんなこと言ってやしませんよ、陛下。早く戻ってきてくださいよ。こんなとこさっさとおさらばしましょーよ」
「……あんたに何が解《わか》る……」
「ユーリ、こっちに……」
「あんたに何がわかるってんだ!?」
 おれは幼稚《ようち》だといつも思う。もっと大人になれとも思う。ここで微笑《ほほえ》んで受け流しておければ、これまでの人生ももっと楽だった。
 自分の肌《はだ》と同じ温かさのライオンズブルーの石を握《にぎ》り、まるで水中に敵がいるように、俯《うつむ》き加減で言葉を吐《は》く。
「おれはごく普通《ふつう》の高校生で、当たり前の十五年しか送ってないんだ。それを夢みたいな世界に呼び寄せて、いきなり魔王になれなんて押《お》し付けたんじゃないか! 魔剣《まけん》なんか幽霊《ゆうれい》や妖怪《ようかい》みたいなもんで、今まであるなんて思ったこともない! なのに怖気《おじけ》づいたからって責められんのか!? 誰だってあんなの見たらビビるだろがっ! この剣すっごい攻撃力《こうげきりょく》なんですって、勇者とか英雄《えいゆう》にでも渡《わた》してみろよッ。それだってだーれも使いやしねーよ! あんな気持ち悪くできてんだぜ!? そいつをおれにっ」
 石がまるで、心臓みたいに脈打っている。もちろんそんなはずはない。
「刀なんて博物館でしか見たこともない、このおれに持てって!? おれがどんな気分かなんてあんたに解るはずないだろうがッ!?」
 コンラッドが、精一杯《せいいっぱい》おれに手を差し出している。もう一人の男は肩《かた》をすくめた。
「解りませんね。オレには陛下がどんな幼年時代を過ごされたのか、どんなお人柄《ひとがら》なのか全然わからない。陛下がどんなお気持ちなのか、どんなお考えなのかも皆目《かいもく》わからねぇ。たとえどんなお方が魔王になられても、オレたちは黙《だま》って従うだけだ。兵士も民《たみ》も子供もみんな、王を信じて従うだけなんですよ」
 これ以上待たせると、コンラッドは飛び込んで来てしまいそうだった。おれは自分の爪先《つまさき》を見詰めたまま、ゆっくりとボートまで歩いていった。
 ヴォルフラムを残してきた店に戻るまで、誰一人、口を開こうとはしなかった。
 
 
 
「なんだ、取ってこなかったのか?」
 午後中ずっと休憩《きゅうけい》して、温泉宿に部屋《へや》までとっていたヴォルフラムは、開口一番そう言った。正直おれはかなりへこんでいて、申し開きする気にはなれなかった。
「……とてもじゃないけど、おれの手には負えねーや」
 観光客でごった返した街に戻るよりも、ここに泊《と》まるほうが何かと楽だろうと、もう一部屋ツインでおさえるために、コンラッドとヨザックは出ていった。眞魔国を発《た》つときの予定では、ヴァン・ダー・ヴィーアでは最高級のホテルにご宿泊《しゅくはく》のはずだった。
 途中《とちゅう》で海賊などに遭遇《そうぐう》しなければ、今もまだミツエモン坊っちゃんの豪遊《ごうゆう》だったのに。
 ヴォルフラムは木枠《きわく》の寝台《しんだい》に座《すわ》り込み、ログハウス風の丸太|壁《かべ》に寄り掛かっていた。手には、ギュンターの日記がある。
「どんなものだったんだ? 幅《はば》は、刃渡《はわた》りは? 優美で雄々《おお》しく気高《けだか》い輝《かがや》きだったか?」
 おれはモルギフの映像を、頭の中で再生した。
「……正反対」
「正反対? だって魔王にのみ従う最強の剣だぞ!? ほら読んでみろ、ギュンターがここに書いている」
「いいよ、どうせおれ字が読めないんだから」
「あ、そうか。早く覚えろ、不便だぞ」
 おれは、並んだベッドに転がって、大の字状態で天井《てんじょう》を見た。
「おれだってさ、仮にも王様のツルギなんだから、きんきらゴールドとか細工もんのプラチナの柄、職人泣かせの透《す》かし彫《ぼ》りの鍔《つば》、何ていうの? ケツんとこ、グリップエンドにはさ、大きな宝石でも填《は》めてあるっつー、典型的な王様の刀を想像してたわけよ」
 しかも切れ味は最高で、イカ素麺《そうめん》から河豚《ふぐ》の薄《うす》づくりまでお任せあれってな名刀だ。
「それが実際は、顔が……思い出すのも恐《おそ》ろしい顔があって、しかも持ち主でありご主人さまになろうっていうおれの指をか、か、か、咬《か》んでっ」
「咬んだ? 妙《みょう》だな。魔剣モルギフは魔王に絶対服従なのに……ひょっとして、腹が減っていたんじゃないのか」
「腹がぁ!? 金属なのにィ!?」
 金属なのに口があるのだから、もう変とか言ってもいられない。
「いいか、よく聞け。モルギフは人間の命を吸収して力とするので、発動するには精力補給の必要がある。公式な資料とは言い難いが、若い女性を好むという史書もある……ギュンター詳《くわ》しく調べているな」
「それはさ、人を、こっ……殺せってことなの!? それじゃメルギブって妖刀《ようとう》じゃん!?」
「城での説明を聞いていなかったのか? 必ずしも殺せということではないだろうが……何を狼狽《うろた》えてるんだユーリ? 人間ごときに情けをかけようというんじゃなかろうな。お前だってあいつらがどんな連中か判《わか》ったろう。命を救ってやったぼくらを、魔族だからと監禁《かんきん》したんだぞ。ああ思い出すだけでも腹が立つッ」
「……あの恩知らずぶりには、返す言葉もございませんです」
 日本で育った人間代表としては猛省頻《もうせいしき》り、第二十七代魔王としては言語道断だ。
 ヴォルフラムが、ぱん、と山羊革《やぎがわ》の日記を閉じた。
「なんにせよモルギフを取ってこなければ話にならない」
「そうでした」
「明日はぼくが一緒《いっしょ》に行ってやる」
「へ?」
 彼が加勢してくれたところで、特に助けにもならないだろう。剣豪《けんごう》くんと呼んでも差し支《つか》えないコンラッドでさえ手も足もでないのだから。だが、おれの密《ひそ》かな困惑《こんわく》をよそに、ヴォルフラムは腕組《うでぐ》みをして嬉《うれ》しそうだ。
「なにしろユーリはへなちょこだからな」
「へなちょこ言うな」
 ああ。
 湖底を思わせるエメラルドグリーンの瞳《ひとみ》、天使の容貌《ようぼう》の我儘《わがまま》なプリンス。やっかみ半分で略すと、わがままプー。
 ヴォルフラムはいつでも単刀直入だ。ストレート勝負で投げ込んでくる。
 おれのミットも胸も抉《えぐ》るけれど、嘘《うそ》よりも優しく親切だ。
「どうした、何をにやけている?」
「……なんか、久しぶりだなーと思って」
「なにが」
「お前に、へなちょこって言われるの」
「それはお前が国を空けるからだ。民も土地も他人に任せきりで、まったく王としての自覚に欠けている。へなちょこをへなちょこと言って何が悪い?」
「悪くないよ」
 そうだよ、どうせおれへなちょこなんだから、一度し損じただけでへこむことないんだ。
 板張の天井のしみを眺《なが》めると、メルギブに似ていて、ちょっと可笑《おか》しくなった。
「そうだよなぁ。おれみたいな、なりたての新前《しんまい》陛下《へいか》が、最初から完璧《かんぺき》なわけないよな。初めて対戦するバッターを初打席でがっちり三振《さんしん》とろうったって、癖《くせ》もタイプも知らないんじゃどう攻《せ》めたもんだか迷うもんな」
 迷ったあげく、内野安打を打たれた。
 でもそれだけ。
「ヴォルフ」
「なんだ」
 おれは勢いよく両足を振《ふ》り上げて、反動でマットに起き上がった。
「ありがとな」
「なにが?」
「理由は判らないけど、ついてきてくれて」
 しまったと思ったときにはもう遅《おそ》かった。天使の起爆《きばく》装置を踏《ふ》んでしまったらしい。彼は白い頬《ほお》を紅潮させ、癇《かん》に障《さわ》るアルトでまくしたてる。
「なんだその誠意のなさそうな物言いは! そもそも何故《なぜ》ぼくがこんなひどい旅に同行しなくちゃならないか、お前きちんと考えているのか!? お前がぼくに求婚《きゅうこん》なんかしたから、ぼくはユーリが旅先で、どうにかなってしまわないように、目を光らせなくてはならないんだぞ! その……旅先でよからぬ輩《やから》にだな、分不相応な感情を持たれないようにだ!」
「あ? あ、あーそっか! そうか忘れてた、思いつきもしなかったよそんなこと! まだそれ解決してなかったんだっけ」
「忘れてただとー!?」
 無意識に両腕《りょううで》で頭を庇《かば》うおれ。
「じゃあさ、おれが取り下げればいいんだろ? ごめんなさいなかったことにしてくださいって」
「やめろ! そんなことされたら、ぼくの自尊心に傷がつくだろうが!」
「あ、あーじゃ、それじゃそっちから断りゃいーじゃん。このお話はお断りしますって。おれのプライドはこの際どうでもいいや。自分が間違《まちが》えちゃったんだからしゃーねーや」
「そんなことは、できないっ」
「なんで? そういうルールがあんの? 宗教上の理由とかそーいう?」
「うるさいっ」
 ヴォルフラムはすっくと立ち上がり、無言で部屋の隅《すみ》の戸を開けた。
「あーっ、ヴォルフ! ごめんごめんっおれが悪かった! 謝《あやま》るからクローゼットに籠《こ》もるのはやめてくれーッ」
「黙《だま》れ尻軽《しりがる》ッ」
 だからそれは、フットワークが軽いってこと!?
 
 
 
 炭水化物中心の夕食を終えると、美人|女将《おかみ》に祭りのことを聞かされた。
 この宿から、隣《となり》の山を炎《ほのお》の神輿《みこし》が駆《か》け降りる様子はとてもよく見えるが、横から見物するのは縁起《えんぎ》が悪いとかで、あまりお薦《すす》めできないこと。明日の夕方、港近くの闘技場《とうぎじょう》でグランドフィナーレがあり、それを見逃《みのが》すと後悔《こうかい》すること。今年は参加者が直前に追加されたから、例年になく大規模なイベントになりそうなこと。
 イッツ、エキサイティング!
 人間の祭りになど興味のないヴォルフラムは、ワインを飲んでさっさと寝《ね》てしまった。
 こちらこそ酔《よ》っ払《ぱら》って弱音を吐きたい気分だが、身長の伸《の》びる可能性が残されている限り、飲酒も喫煙《きつえん》もしないおれは、ベッドで月の行方《ゆくえ》を辿《たど》っていた。
 夜半に喉《のど》が渇《かわ》いたのだが、水差しの中身は底をついていた。上着だけ羽織《はお》ってくみにいこうと、クローゼットの戸を開ける。
「……してるわけじゃねーって」
 収納の薄《うす》い壁越《かべご》しに、隣室《りんしつ》の声が聞こえてきた。
「結局オレは、お国に忠実。どんな理不尽《りふじん》なものだって陛下の命令には従うさ。そんなのはお前が一番、知ってるだろ。ただ新しい陛下はどんなお人かなーって、そこんとこちょっと知りたくなっただけよ」
「それを試《ため》すというんだ」
 コンラッドだ。グラスをテーブルに置く音がする。
「そんな大げさなことじゃねぇよ。ちょっと準備がしたかっただけさ。もしあの坊《ぼう》やが前王と同じなら、オレたち兵隊は覚悟《かくご》を決めなきゃならん。黙《だま》って死ににいく覚悟をな。誤解すんなよ、オレはツェリ様をこれっぽっちも恨《うら》んだことはないし、それどころか実の親以上に慕《した》ってるつもりだ。けど、あの方は間違えた。ご自分の眼《め》で全《すべ》てを見ようとはしなかったんだ。だから次はどういう時代になるのかを、ココロの準備として知りてぇんだよ」
「だからといって」
「お前だってそうだろ? 何人の部下を失った? どれだけの友を奪《うば》われた? シュトッフェルなんかに任せずに、ツェリ様がご自分で判断されていたら、ジュリアだって今頃《いまごろ》は……」
「ヨザック!」
 滅多《めった》に声を荒《あら》げることのないコンラッドが、苛立《いらだ》ちもあらわに机を叩《たた》いた。
「……今後、陛下を惑《まど》わすような言動があれば、お前をこの任から外すことになる」
「悪いけどウェラー卿《きょう》、閣下にその権限はないぜ。命令したいなら早く復帰しろ、まさか新王陛下のお守《も》りして、一生を過ごすわけじゃねーだろな」
「陛下のお許しがいただければ、そうするつもりだよ」
「嘘だろ!? どうしたらそこまで入れ込めるんだ!? 可愛《かわい》さだけに騙《だま》されてねぇか!? ルッテンベルクの獅子《しし》とも呼ばれた男が、どこで牙《きば》を抜《ぬ》かれて……」
 いつでも思い出せる爽《さわ》やかな笑いで、コンラッドはヨザックの言葉を切る。
「ずいぶん昔の話を持ち出してきたな」
「またまたご謙遜《けんそん》をォ。そーいや、あれ、坊っちゃんにあげちまったんだな。グランツの若大将に知られたら、脳ミソ沸騰《ふっとう》させ……」
 おれはそっと壁から離《はな》れ、上着をとってクローゼットの戸を閉めた。
 ヴォルフラムは美少年らしい寝息《ねいき》だが、まぶたがひくついて白目が出ている。夢の真っ最中だろう。起こさないように用心深く部屋を出て、フロントのカウンターからランプを失敬する。山道からは、ライトアップされたパルテノン神殿《しんでん》がよく見えた。赤くゆらいで美しかった。
 轟《とどろ》くような鯨波《げいは》の声があがり、燃え盛《さか》る神輿とそれに続く松明《たいまつ》の行列が走り始めた。二百年前の噴火《ふんか》を模した行事なのだという。こうして年に一度、祭りとして再現することで、神の怒《いか》りを鎮《しず》め火山活動を抑《おさ》えようという趣旨《しゅみ》だ。百年前までは罪もない女の子が、生贄《いけにえ》として何人も命を捧《ささ》げていたらしい。
 隣の山は大騒《おおさわ》ぎだが、おれは独りきりで頂にいた。深夜の洞窟風呂《どうくつぶろ》と洒落込《しゃれこ》もう。
 落書きだけが迎《むか》えてくれる。
 オレたちゃここに来たぜヘイヘイヘイ。おれも来たぜ、おれなんか二回目だぜ、おれなんかひとりきりだぜ。誰か誉《ほ》めてイェーイ。
「……だってルッテンベルクの獅子なんだろ?」
 そんな人が、おれを信じてくれてるんだろ。
 おれはへなちょこ陛下だけど、少しでも相応《ふさわ》しい男になるように、進化するへなちょこでありたいんだ。
 昼間と同じくやや熱めで、皮膚《ひふ》にぴりっとくる泉質だった。モルギフがいる位置は判《わか》っている。足をしっかりと踏《ふ》みしめて、腰《こし》までくる湯の中をゆっくり進む。
「よう、魔剣《まけん》」
 水中で刃《やいば》が光を放った。
 たちまちおれの空《から》元気はなりをひそめ、小心な本性があらわれる。気が強いくせに、気が小さい。
「なあ、メルギブ、じゃなかったモルギフ。初めましてじゃないよな、昼も会ったよな、覚えててくれた? おれ、ユーリ」
 ぼくドラえもん、わたしリカちゃん。一人称的《いちにんしょうてき》自己|紹介《しょうかい》。
「お前を……いーえ、あなたを誘《さそ》いにきたわけよ。もう十五年も浸《つ》かってるんだろ? 湯治《とうじ》にしたってもう傷も治っただろ。どんなに無類の温泉好きだって、こんなに長いこと入ってたら、身体《からだ》がふやけて溶《と》けちゃうって。だからそろそろあがらない? 外もいろいろ楽しいよー? 自分であがる踏《ふ》ん切りがつかないんだったら、おれがちょちょいと手ェ貸すから、咬《か》まないって約束してくれる?」
 中腰《ちゅうごし》で恐《おそ》る恐る手を伸ばす。
「ぎゃ!」
 思わずランプを取り落とす。明かりがなくなって周囲に闇《やみ》が広がった。だが息を凝《こ》らしてじっと待つと、入り口から斜《なな》めに差し込む月の光が、洞内《どうない》をやわらかく照らしてくれた。
「……どうして咬むんだよ、剣のくせに。刀って普通《ふつう》、顔ないだろ!? 顔があっても生き物じゃないから、咬まねえだろ!?」
 自分で口にだして言ってみたら、一瞬《いっしゅん》にして答えが浮《う》かんだ。
 普通じゃないんだよ。なにしろこいつは魔剣なのだ、普通じゃないのが当たり前。何故《なぜ》咬むのかそれは口があるから、何故咬むのかきっと生きてるから。生きているからだ。
 咬むはずのないものを掴《つか》むんじゃなくて、咬むと決まってる生き物を捕《つか》まえるんだ。そう、咬み癖《ぐせ》のある子犬とか……可愛《かわい》さに雲泥《うんでい》の差があるなあ。関係ないけど「咬む」って何度言ったでしょう。
 よーし、データも度胸もそろってきたぞ。こいつとの対戦は二回目だ、もうリードの仕方が判《わか》らないじゃ済まされない。おれは記憶《きおく》を総動員し、あの時の感触《かんしょく》を思い出そうとした。
 生まれて初めてプロの球を捕《と》ったときの、勇気のかけらを。
「生きてんなら生きてるって最初から言えーっ! もうテメーを剣だなんて思ってやんねーかんなッ! お前は犬! 犬じゃなきゃネグロシノマヤキシー!」
 叫《さけ》びつつじりじりと正面に回る。渋谷、キャッチングは正確さが大切だ。常に正面で受けるようにしろ。モルギフの柄《つか》がおれの真ん前にくるよう立ち、両手を揃《そろ》えて中腰になる。待てよ、重いものはしゃがんでから持ち上げないと。腰をやられたら選手生命にかかわるもんな。
 顔まですっかり沈《しず》んでしまう。湯の中で見たモルギフは、水の屈折《くっせつ》のせいか歪《ゆが》んでゆれて、折り曲げた紙幣の漱石《そうせき》みたいに、目尻《めじり》を下げて笑っていた。
「ゴボっじゃ、べるびぶびっじょでぃびごーで!」
 鼻と口に温泉が流れ込む。刀身の割に細い柄を両手で握《にぎ》り、膝《ひざ》の力で一気に立ち上がった。モルギフはしばらく抵抗《ていこう》したが、やがて引き揚げられて姿を現す。
 十五年ぶりに空気に触《ふ》れて、刃が風を切って音をたてる。
『あー』
「……あー?」
『うー』
「……てゆーか……風ないじゃん……」
『はーうー』
 まさか、鳴くの!? こいつ!?
「ま、まあ、生きてりゃ鳴く。生きてりゃ子犬だって子猫《こねこ》だって鳴くさっ」
 ちなみに子猫は、めえめえだ。
 それにしてもどういう剣だろう。宝石や彫刻《ちょうこく》の代わりに顔があり、自己主張して唸《うな》るやら呻《うめ》くやら。けれど柄は握りやすく、おれの手にしっくりと馴染《なじ》んでいる。振《ふ》り慣れたバットのグリップみたいに。
 魔剣の唸りを聞かないようにして、落書きの横を通り過ぎた。おれも命知らずだぜ。
 月の明るい外に出ると、コンラッドが手を腰に当てて待っていた。
 逆光で表情は見えない。
「笑ってるだろ」
「どうして判るんです?」
「あんたがどんな顔してるのか、おれは見なくてもちゃんと判んの」
 ほら、こうなると思ったって顔だ。
 彼は盛大に両腕《りょううで》を広げて迎《むか》え、おれをバスタオルで巻いてしまう。
「やりましたね」
「やったぜ。どーよ? 王サマのツルギ」
「素晴《すば》らしい」
「素晴らしいだー? 見ろよこいつ、この不気味な顔。しかも声まででるんだぜ!? あっ大仏と同じ場所に黒子《ほくろ》がある」
 金ピカでも宝剣でも特殊《とくしゅ》合金でもなかったが、小粒納豆《こつぶなっとう》くらいの黒い石が、額の中央にポツンとあった。
「ふーん、これが素晴らしいかねえ」
「モルギフじゃなくて、あなたがです」
「おれ?」
「そう、ユーリが」
 またまたそんな歯の浮くようなことをさらりと言う。おれは照れを隠《かく》すために、魔剣《まけん》で素振《すぶ》りをしなくてはならなかった。左足を一瞬引いて振り子打法。バットが唸る音じゃなくて、不満げな呻きが耳障《みみざわ》りだ。
「……これで、少しは支持率上がるかな」
「支持率?」
 打撃《だげき》コーチよろしく見守っていたコンラッドは、意外な単語だったのか、軽く顎《あご》を上げて続きを促《うなが》す。
「そう、王様支持率。だっておれ今んとこ支持率すごく悪いだろ? 国民の皆《みな》さんに問うまでもなく、元王子やお庭番にまで嫌《きら》われてる」
「ヨザックは任務に忠実なだけで、陛下《へいか》を評価するような感情は持ちません。それにグウェンダルのことだったら……」
 誰《だれ》もいないのに声のボリュームを下げる。
「グウェンがユーリを嫌うはずがない」
「なんでー?」
「彼は、小さくて可愛らしいものを愛してるから」
 なに!?
「子猫とか、リスとか、地球でよく見たハムスターとかね」
「えーっ!?」
 腰のタオルが、はらりと地面に広がった。ギュンターがいたら、鼻血もんだ。
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