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今日からマ王2-9

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
核心提示:          9 自ら猛省《もうせい》したフォンクライスト卿《きょう》は、これまでの奇行《きこう》を謝罪しようと、
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 自ら猛省《もうせい》したフォンクライスト卿《きょう》は、これまでの奇行《きこう》を謝罪しようと、フォンヴォルテール卿の私室に向かっていた。
 手にした苺《いちご》はお詫《わ》びのしるしである。
 随分《ずいぶん》と長い付き合いなのに、居室を訪ねるのは初めてだった。ギュンターは派手な溜息《ためいき》をつく。何人もの美女を侍《はべ》らせていたりしたらどうしよう。
「……グウェンダルに限って、そのようなことは……」
 うなだれて階段を登る様子は、悲壮感《ひそうかん》が漂《ただよ》ってたいへん美しい。本人には失礼な話だが、巨匠《きょしょう》の名画になりそうだ。
 来訪を告げるノッカーを手早く叩《たた》いて、重い扉《とびら》を押《お》し開く。
「グウェンダル、一言、お詫びをしに……うっ……」
 あまりにも意外な光景に、言葉も動きも止まってしまった。
 美女もしくは美男を侍らせていたわけでも、倒錯的《とうさくてき》な趣味《しゅみ》に興じていたわけでもなかった。
 城主の居間に相応《ふさわ》しい調度品と、磨《みが》き上げられた装飾用のきらめく武具。額《がく》には先代城主とその妻女。この部屋《へや》に足りないのは鹿《しか》の首だけだろう。だが、部屋の一角に妙《みょう》なものが。
 フォンヴォルテール卿は窓《まど》ぎわの椅子《いす》で、長い両脚を組んでいる。
「入っていいと言ったか」
「ああ、あの、えーと、本当に、申し訳ありません。あのーグウェンダル、そのぉ」
 暖炉《だんろ》から離《はな》れた隅《すみ》に、山と積まれた毛糸の産物。
 下の方にあるのはたたまれた布状の物だが、上にいくほど複雑な品になっている。今にも転げ落ちそうに重なっているのは、数え切れないほどの、あみぐるみだった……。
「編み物が……趣味だったんですか……」
「趣味ではない」
 それじゃああの、うさちゃんやねこちゃんやわんちゃんは何なんだ!? おまけにあなたが手にしている、制作中の新作は何なんだ!?
「精神統一だ」
「せ……」
「こうして毛糸を編んでいると、邪念《じゃねん》を払《はら》って無心になれる」
 無心になって可愛い動物達を作り上げているというわけか。ろくに表情も変えずに、グウェンダルは膝《ひざ》の上で指を動かしている。
 ああなるほど、と教育係は合点《がてん》がいった。彼が苛《いら》ついているときに、指が動くのはこれだったのだ。平常心を保とうと、無意識に空想編み物をしているのだろう。
 いけない事実を知ってしまった。できることなら知りたくなかった。
「だが、ここのところ不快な出来事が多くてな。作品が次々と完成してしまう。部下や使用人たちにも持たせたのだが、正直、里親が不足気味だ」
「さ、里親ですか」
「持っていくか?」
 投げてよこされた黒っぽいあみぐるみを、ギュンターは慌《あわ》てて受け取った。
「か、かわいいクロブタちゃんですね」
 ぴくりと眉《まゆ》が上がる。グウェンダルの冷徹《れいてつ》無比な氷の瞳《ひとみ》が、青く恐《おそ》ろしい光を放つ。
「……それは、くまちゃんだ」
 
 
 
 黄色い帯はコロシアムを薙《な》ぎ払った。
 場内は混乱し、逃《に》げ惑《まど》う人々の悲鳴と怒号《どごう》で満たされる。
 おれはなんとかしてモルギフを治めようと、宥《なだ》めたりすかしたりしたのだが、十五年ぶりに人間の命を吸収した魔剣《まけん》は、とどまるところをしらない様子だ。
 彼が口から吐《は》いた液がかかったところで、人体に特に影響《えいきょう》はない。それはおれの身体《からだ》で実証済み。だが、パニックに陥《おちい》った人間達は、我先にと逃げ出して将棋倒《しょうぎだお》しになる。
「とめろモルギフ、とめろって!」
「ユーリ!」
 聞き慣れた声で名前を呼ばれ、思わず涙《なみだ》が浮かんでしまう。
 柵《さく》を乗り越《こ》えて客席から飛び降りる。彼は珍《めずら》しく血相を変えてこちらに走ってきた。
「コンラッド!」
「陛下《へいか》、どうしてこんなことに」
「近付くと、危ない、ゲロには触《ふ》れても、大丈夫《だいじょうぶ》」
「剣を下げて。下を向けるんだ、刃先《はさき》を下に」
 あまりの力にコントロールできない。コンラッドは躊躇《ためら》わずおれの背後《はいご》に回り、両手を重ねて剣の柄《つか》を握った。
「そんなことしたら、手がっ」
「……平気です。いいですか、ゆっくりと下に、そう」
 名を呼べ。
「なに!? なんか言った!?」
「俺《おれ》じゃない」
 花火を見た直後の残像のように、文字が脳裏《のうり》に閃《ひらめ》いた。文字だ。誰かの声ではなく。
 わたしの名を呼べば、できる限りのことをしよう。わたしの名は……。
「ウィレムデュソイエイーライドモルギフ!」
「ユーリ!?」
「吐くならエチケット袋《ぶくろ》の中にしろーッ!!」
 どひゃん。
 どひゃあでもうひょうでもどかんでもなく、どひゃん、と切れのいい擬音《ぎおん》とともに、モルギフは胃痙攣《いけいれん》を必死に止める。開きっぱなしだった口が一文字に結ばれ、眉間《みけん》にしわまで寄せていじましい。
「どんな魔術を使ったんですか」
「おれがエセ魔術師なのを知ってるだろ? 魔法なんか使えないの。どんな魔術も使ってねえの。ただ脳味噌《のうみそ》に送られてきた電波のとおりに、文字を声にだして読んだだけ」
「文字? 字が読めるようになったんですか!? ああすいません、その話は後でゆっくり。ヴォルフとヨザックが道を確保しているはず。今のうちにここから脱出《だっしゅつ》しないと」
「でもリックが」
 ちらりと見えたコンラッドの掌《てのひら》は、見るだけで痛そうな色になっていた。かまわず彼は少年を抱《かか》え上げ、陛下はモルギフを、と念を押《お》して先に立つ。
 入場ゲートの脇《わき》には、おれに親切にしてくれた女性が、駆《か》けずり回る群衆を眺《なが》めながら、独り途方《とほう》に暮れていた。彼女は息子《むすこ》を治療《ちりょう》する金を、ふいにしてしまったのだ。
「あの……奥《おく》さん」
 はっとしておれを睨《にら》むが、細い目の中には怯《おび》えと怒《いか》りの絡《から》み合った彩《いろ》がある。ポケットを探《さぐ》って摘《つま》み出した紙幣を、彼女の痩《や》せた指に握《にぎ》らせようとする。
「これ……」
「あんた魔族だったんだね!?」
 女は素早《すばや》く身を引いた。汚《けが》れたものにでも触《ふ》れたみたいに。
「普通《ふつう》の子供だと思ったら、あんな、あんな恐《おそ》ろしい魔剣を! あんた、あたしたち人間を殺しに、滅《ほろ》ぼしに来た魔族だったんだねっ!? 触《さわ》らないで!」
「わかった触らないよ、これ、お金、ここに置くから」
「あたしがそんなもん拾いにいくと思うかい!? あたしが金につられて近寄るのを待って、その魔剣の餌食《えじき》にしようって腹なんだろ!? 畜生《ちくしょう》ッ、そんな武器がなんだっていうんだ、今にあたしたち人間にだって、神様がもっと強い武器をお与《あた》えくださる! 今にあたしたち人間だって、そんな剣よりずっと凄《すご》い兵器を造って……」
「どうでもいいよそんなこと!」
 おれはドラ坊《ぼ》っちゃん風に手を突《つ》き出し、コンラッドから財布を巻き上げた。革《かわ》の札入れの分厚さに、女は無意識に半歩よろめく。
「この金で息子さんの病気、治しなよ」
「魔族の金なんかで医者にかかったら、息子が呪《のろ》われる」
 どうして!? なんで!? 金は金じゃん! 誰が使ったって変わらない、この島の貨幣だ。
 財布も札も地面に置いた。コンラッドは女を見もせずに、おれに向かって笑いながら言った。
「俺《おれ》の父親は、魔族の女との間に子までつくったけど」
「呪われた?」
 絶対優位のわけ知り顔。
「いや、八十九まで気ままに生きたよ」
 走って控《ひか》え室《しつ》まで戻《もど》る。モルギフは重く、女のことは気掛《きが》かりだった。彼女が本当に母親ならば、きっと意を決して拾ってくれるだろう。
 兵士から奪《うば》った制服を持って、ヴォルフラムとヨザックが待ち兼《か》ねていた。二人とも何事か言いたそうだったが、喋っていられる雰囲気《ふんいき》ではない。
「これを着て、早く。この混雑で馬は使えない。港ではなくマリーナまで兵士らしくしててください」
 モルギフを包むのに手間取っていると、見兼ねてコンラッドが手伝ってくれる。リックはどうしたのかと探したら、見慣れぬ金髪《きんぱつ》の男が抱《かか》えていた。
「陛下、お早く」
「あ、ああ」
 マリーナまではそう遠くなかったが、我先に闘技場《とうぎじょう》から逃《に》げ出した人々で、道の密度は高まっている。そんなときのための変装だ。制服の威力《いりょく》は抜群《ばつぐん》で、皆《みな》いやな顔をしつつも避《よ》けてくれた。
 数々の豪華《ごうか》クルーザーが停泊《ていはく》する中、ひときわきらびやかで優雅《ゆうが》な船がある。純白のボディに銀の星、下ろされたセイルは深いアクアブルーだ。デッキで女性が手を振《ふ》っている。
 腰《こし》まである金色の巻毛、犯罪すれすれの扇情的《せんじょうてき》な服……いや、服というより布。もしも彼女がアイドルだったら、事務所がダメ出ししてるだろう。三男そっくりの白い肌《はだ》を、惜し気もなくさらした脚線美。
 ああ、もう、ツェリ様、勘弁《かんべん》してください。
 お手を振られるたびに、胸がお揺《ゆ》れになるんですー。
 
 
 
 お久しぶり、の情熱的で腰《こし》にくる挨拶《あいさつ》をやり過ごしてから、おれたちはクルーザー内に入れてもらった。海外の大富豪《だいふごう》か加山雄三《かやまゆうぞう》しか所有できそうにない大きさで、こんなとこ鉄でいいだろ!? と思うような部分まで、金やら銀やら宝石やらだ。例、便器。
「シマロンで懇意《こんい》になった殿方《とのがた》が、是非にと仰《おっしゃ》るから使ってさしあげてるの。だって膝《ひざ》をついて頼《たの》まれては、むげにするわけにもいかないでしょう?」
 セクシークィーン、世界各地でご活躍《かつやく》だ。今年のフェロモン注意報は、シマロン本国で発令したらしい。
 フォンシュピッツヴェーグ卿《きょう》ツェツィーリエ様は、前魔王現上王陛下であるとともに、グウェンダル、コンラート、ヴォルフラムの魔族似てねえ三兄弟のおっかさんでもある。三児の母とはいえ三十そこそこにしか見えず、しかも人呼んで愛の狩人《かりゅうど》。おれのお陰《かげ》で現役を引退できてからは、自由|恋愛《れんあい》旅行中で国にはいない。
「有名なヴァン・ダー・ヴィーアの火祭りを観《み》に寄ったら、魔族《まぞく》が捕《とら》えられたって噂《うわさ》が耳に入ったの。それでシュバリエに調べさせていたら、ヴォルフと接触《せっしょく》できたのよ」
 シュバリエはリックを運んでくれた金髪《きんぱつ》の男で、ツェリ様が連れているお供だという。驚《おどろ》いたことに彼とは初対面ではなかった。先月、風呂《ふろ》で会った、三助《さんすけ》さんだ。
「陛下ったら相変わらず可愛《かわい》らしくていらっしゃるのね。あたくしの息子と進展はあって?」
「ししし進展はないデス」
「あら残念。せっかくいろいろ想像していたのに」
 何を!? ねえ、ナニを!?
「でも、ということはまだあたくしにも希望が残されてるのね? んふ、こんなに震《ふる》えちゃって。この『愛の虜《とりこ》』号は治外法権だし、どの海をゆくのも自由だから、不粋《ぶすい》な者たちが邪魔《じゃま》しにくる心配はなくてよ」
 だったら最初からこの船で旅をさせてよ。それにしてもまた、気恥《きは》ずかしい名前をお付けになったものだ。
「母上、そんなことより早く船を出してください。怪我人《けがにん》もいるし、陛下もお疲《つか》れです。癒《いや》しの手の一族を連れていますか」
 どんなに完璧《かんぺき》な色気でも、息子には通用しないらしい。こういうとこは万国共通だ。
「そんなことシュバリエに言ってちょうだい。怪我人がいるの? あらまあ」
 瀕死《ひんし》の状態のリックを見て、ツェリ様は可愛らしく唇《くちびる》に指を当てた。おれは頭がくらくらした。モテない高校生には天女に見える。
「……矢人間ね」
 矢ガモじゃないんだから。
「ちょうどよかった。癒し系美中年を乗せていてよ。でもあたくしの美容専任だから、怪我の治療《ちりょう》はどうかしら……」
「癒し系、美中年とは……ううーん」
「それより陛下っ、魔剣《まけん》を手に入れてらしたんでしょう? ねえあたくしにも見せてくださらない?」
 まさか断るわけにもいかず、おれはモルギフの布を剥《は》ぐ。彼を見たツェリ様の喜びようったらなかった。喜色満面で訊《き》いてきた。
「すごいわ、こんな不細工な剣は初めて! ねえ陛下、あたくしの部屋《へや》に飾《かざ》ってはだめ?」
「そういうことは城に帰ってからギュンターに訊いてくださいよー」
 でも多分、飾ったら毎晩うなされると思うな。
 コンラッドがキャビンから出てゆくのを目にして、何の気なしに後を追った。デッキでは、ヨザック一人が島を眺《なが》めている。おれがまだ階段を登り切る前に、コンラッドは友人の胸ぐらを掴《つか》んでいた。
「どういうつもりだ!?」
「なにが」
 お庭番が、壁《かべ》に叩《たた》きつけられる音がした。
「ヴォルフラムが祭りについて知らないのは本当だ。あいつは人間に興味がないからな。だがお前は十二を過ぎるまでシマロン本国で育ったんだ。文字が読めないはずはない! よからぬ行事に関しても、聞いていないわけがないだろう!」
 ヨザックは壁に強く押しつけられながらも、ロジャーラビットみたいな笑いを失わない。
「うまくいきそうだったじゃねーか。いざって時に陛下が怖気《おじけ》づきさえしなけりゃ、あのガキの命を吸ってモルギフも満足だ。ま、結果的に爺《じい》さんので我慢《がまん》したみてえだが。これで魔剣をいつでも使える状態にして、国に持って帰れるだろ。使えねぇもん持ってたところで、敵国は恐《こわ》がっちゃくれないかんな」
「……お前たちのやり方は、間違《まちが》ってる」
「どこが? だってあんなお子様みたいな陛下に任せといたら、この国はどうなるか判《わか》んねーぞ!? 背後《はいご》からうまーく舵《かじ》とりゃいいんだよ。陛下だってそのほうが楽なはずだ」
 出ていくわけにもいかなくなって、おれは手摺《てす》りをぎゅっと握《にぎ》った。張本人に聞かれているとはつゆ知らず、彼等の口論はエスカレートする。滅多《めった》なことでは怒《おこ》らないコンラッドなのに。
「王をないがしろにして国政を操《あやつ》るのは、謀反《むほん》と同じだ!」
「ないがしろに? してねーだろ。陛下が戦争したくないと仰るから、オレたちは魔剣を取りにきたんじゃねぇか。確かに強い武器を持つのは悪いことじゃない。だったらいっそ、最強の兵器を手に入れて、どこよりも強くなっちまえばいい。そうすりゃ隣国《りんごく》も攻《せ》められない。なるほど、陛下のお考えにも一理ある。だからこうやってちゃんと協力したさ。このまま陛下がモルギフを持って帰国すりゃあ、歴代魔王の中での地位も高くなる。強き王として民《たみ》にも支持される。オレたちのどこが間違ってるって!? どこがないがしろにしてるって?」
「あんな危険な目に遭わせることはないだろう!? あんな、へたをしたら怪我だけでは済まなかったかもしれない……ましてや陛下に人を殺させるなんて、そんな」
 全《すべ》ての言葉が思考に刺《さ》さり、目眩《めまい》がして立っていられない。
 おれは何かを忘れてる。おれも何かを間違えてる。
 でも、それをうまく形にできない。
「結局お前はさぁ」
 世間話でもするような調子で、ヨザックは友人の腕《うで》を外した。
「あの坊《ぼ》っちゃんが大事なわけだろ? 表向きは人間との共存のためなんて言ってっけど、新しい王サマを傷つけたくないから、一生|懸命《けんめい》、誉《ほ》めて守って持ち上げてるんだろ」
「お前は何も判っていない」
「判ってるってェ。そんなに大切な王サマなら、箱に入れて城の奥《おく》にしまっておけばいい。部屋に閉じ込めて出さなけりゃいいのに」
「ヨザック!」
「高価な石でもかけてやって、なあ」
 胸で魔石が、熱を増した。
 彼がまだルッテンベルクの獅子《しし》と呼ばれていた頃《ころ》、この石は誰の物だったんだろう。その人はおれよりもずっと賢《かしこ》くて、操られることなどなかったんだろうな。
 ほらね、コンラッド、おれの支持率はサイテーだ。
「お前達は、あれだけ軽蔑《けいべつ》していたシュトッフェルと同じことをしようとしているんだぞ。前王ツェツィーリエ陛下と同じ過《あやま》ちを、新王陛下に犯《おか》させようとしている」
「違うね、ウェラー卿、コンラート閣下。ツェリ様の間違いは、ご自分で統治なさらなかったことじゃない。あの方は、誰に任せるかを間違われたんだ。選ぶ人物を間違えたのさ」
「……フォンヴォルテール卿に任せるべきだったと?」
「いや」
 ヨザックは、ふと口を噤《つぐ》む。
 おれは人差し指で、銀の縁取《ふちど》りをゆっくりなぞった。細かな溝《みぞ》のひとつひとつに、持ち主の記憶《きおく》が刻まれている。祖父のコレクションのレコードのように、針で辿《たど》って再現できればいいのに。
「……今となっては全てが手遅《ておく》れだ。二度とあんなことにならないように、今度はしくじるわけにいかねぇよな」
「お前達がどんな謀略《ぼうりゃく》を巡《めぐ》らせようと、陛下を傀儡《かいらい》にはできはしない」
「わっかんねーかなぁ、傀儡じゃねーって。愛があんのよ、ちゃんと愛が」
「だとしてもだ! 再びこのようなことが起こり、ユーリに危険が及《およ》んだときには」
 妙《みょう》に長く重い沈黙《ちんもく》。
「……その生命《いのち》、ないものと思え」
 押《お》し殺した、聞いたこともないようなコンラッドの声。すぐに踵《きびす》を返し、足音が近付いてきたので、おれは慌てて階段を下りた。
「グウェンダルには俺《おれ》が直接話す! お前達のやり方は、陛下を傷つけるだけだ」
「ご自由に」
 声が遠くなって聞きづらい。
「けど、ああ見えて……坊っちゃんの……た……だぜ?……気……い、手に……から……」
「そんなことは本人以外、皆《みな》、承知しているよ」
 
 
 
 豪華《ごうか》クルーザーでの帰国は、一斉《いっせい》に観光客が発《た》つ明朝スタートがいいだろうということで、おれたちは島の反対側に停泊《ていはく》し、一夜を船内で過ごすことになった。もちろん部屋数に不足はない。ベッドもきちんと人数分ある。
 先程《さきほど》までの喧騒《けんそう》が嘘《うそ》のように、北側はひっそりと静まり返っていた。祭りのマの字も感じられない。同じ島内だとは信じられないくらい、音も明かりも賑《にぎ》わいもない。
 おれはわがままを言って浜に下りた。一週間ぶりにロードワークしたかったのだ。
 身体《からだ》をいつものペースに戻《もど》したい。でないと頭も働かない。足を動かせば血液が循環《じゅんかん》し、脳味噌《のうみそ》に酸素も行き渡《わた》る。もっと走れば脳内|麻薬《まやく》が分泌《ぶんぴつ》され、普段《ふだん》じゃ思いつかない名案も浮《う》かぶかも。
 それは話がうますぎる。
 船の明かりだけが頼りの砂浜で、波打ちぎわを裸足《はだし》で走った。
 暖かく濡《ぬ》れた砂が踵《かかと》を包み、衝撃《しょうげき》を吸収してペタペタ鳴った。
 もちろん一人では走らせてもらえない。コンラッドが黙《だま》って後ろをついてきている。合衆国大統領だってボディーガードとジョギングだ。王様でいるためには仕方がない。
 走り始めてすぐ、汗《あせ》が吹《ふ》き出した。基礎《きそ》体力が落ちている証拠《しょうこ》だ。
「中学で、野球部だった頃《ころ》は、毎日ランニング、させられたからさ、それが当たり前と、思ってたけど」
「今は?」
「部活|辞《や》めてから、ホント身体が、なまっちゃって、最近また、野球始めたけど、前みたいにいかないんだ」
「なるほど」
 にくたらしいことに、彼はほとんど息が乱れていない。剣豪《けんごう》でいるために毎日ジョギングとかしているのだろうか。
「あーあ、やっぱ辞めなきゃ、よかったのかな、部活、高校でも野球部、入るべきかね」
「確か監督《かんとく》殴《なぐ》ってクビって言ってましたよね」
「そう」
 膝《ひざ》に両手を置き屈伸《くっしん》して、砂の乾《かわ》いた所に座《すわ》った。
「押して。柔軟《じゅうなん》すっから」
「柔軟?」
「そうだよ。夜の浜辺で柔軟。うー、ロマンチック」
 男相手でなければね。
「監督殴るとは、また、思い切ったことしたもんだ」
「うん、いち、に、ひどいこと、言いやがったから。さん、言っちゃいけない、ようなこと」
 懐《なつ》かしい記憶《きおく》。今となっては腹もたたない、けれど微《かす》かに胸の痛む記憶だ。
 もうすぐちょうど一年になる。夏の始まる前だった。
 リトルリーグで全国ベスト4まで勝ち進んだピッチャーが、隣《となり》の学区の中学に入った。一方でうちの部の新人は、お世辞にもうまいとはいえないような初心者レベルの者ばかり。走攻守《そうこうしゅ》全《すべ》て基礎から教えることになり、監督は毎日|怒鳴《どな》っていた。
 ある日の練習試合で一人の一年生が、怪我《けが》をした三年の代わりにライトに入った。カットオフしなければ届かないのに、外野からホームまでダイレクトで返した。ボールは捕手《ほしゅ》にも中継《ちゅうけい》にも渡らず、逆転のランナーがホームを踏《ふ》んだ。
「試合後、監督は彼一人に向かって、あんなこともできねーならやめちまえって言ったんだ。……違《ちが》うな、確か、退部届けを書けって言ったんだな。お前には野球やる資格がない、ただでさえ三中は強くなってて、うちだってもっといい部員を入れないと勝てねーんだって。お前みたいな役立たずに使ってる時間はない、他《ほか》の部活に行ってくれって言ったんだ」
 敵チームが残っているグラウンドで、皆《みな》に聞こえるように大声で。
「それで、ガツーンですか?」
「うん? そう。資格がねぇのはテメーのほうだー! ってんで、ガーン!」
 我ながら短気だ、お恥《は》ずかしい。
「もちろん、奮起させるためにはっばをかけるんならいいと思うよ。だけどおれは補欠人生を歩いてたからね、言葉の裏には敏感《びんかん》だった。とっととやめちまえ、と、できるまでやれの違いには、子供も勘付《かんづ》くものなんだ。もっと力入れて押していいよ、おれ身体かたいから」
「じゃあ、ご自分のためではなく、後輩《こうはい》の名誉《めいよ》のために部活をクビになったんですね」
「そんな美談になっちゃうかなぁ」
 海は黒かった。空も黒く、雲は灰色で、月と星だけが白く、あるいは青く赤く黄色く輝《かがや》いていた。もしかして夜は、月と星を際立《きわだ》たせるために黒いのかもしれない。そして星は、夜の黒さを引立てるために燃えているのかもしれないと思った。
 寄せては引く波の音が、まばらな拍手《はくしゅ》にも似て聞こえる。
「……本当にそうだったのかな」
「ええ?」
「最近になって、思うんだ。おれは本当に後輩の名誉のために……チームのために抗議《こうぎ》しようとして、監督を殴ったりしたんだろうかって。聞いた話じゃ、あれから監督は、ちょっとは態度を改めて、他校の生徒の前でけなしたり、無神経なこと言ったりはしなくなったらしい。けど、結果はどうあれ、おれ自身はどうだったんだろう。本当にチームのためにそれをやったのか、って」
 背中を押す力が弱まった。
「……全然芽の出ない自分の才能のなさに嫌気《いやけ》がさして、やめる機会を窺っていなかったか。負け犬としてじゃなく、かっこよく部活を去れるチャンスを、知らず知らず狙ってなかったかって……今になって自分に尋ねてるんだ。ユーリ、あれは本当にフォア・ザ・チームだったのか? ってね」
 答えは永久に出ないだろう。
 後ろから腕《うで》を回して、野球仲間が肩越《かたご》しに言った。首位打者の名前でも訊《き》くように。
「俺《おれ》に言いたいことがあるんだな」
「そうなんだ」
 砂のこすれる音が近付いてくる。
「……モルギフを、この島に置いて行こうと思う」
 どう説明したらこの身勝手な決意を理解してもらえるのか、おれには見当もつかなかった。そもそも戦争に反対して、回避《かいひ》のために魔剣《まけん》を取りに来たのだって、元はといえばおれのわがままだ。首尾《しゅび》よくとまではいかないが、なんとか目的を果たした晩に、せっかくのお宝を放棄《ほうき》するなんて宣言されたら……逆の立場なら靴底《くつぞこ》で殴ってる。
「どっ、どう言ったら解《わか》ってもらえるのか、困ってるんだけどさ! あの、あの奥《おく》さんの言葉が引っ掛《か》かってるんだ。人間だってもっと強い武器をっていう、神様が与《あた》えてくださるとかいう。神様はまさかそんなことしないと思うんだけどさ、あー、でももしそういうことになったら、超《ちょう》強力な兵器が開発されちゃったりしたら」
「考えられますね」
 ああやっぱり、怒《おこ》ってる。
「そしたら他《ほか》の国もそれを持ちたくなる。今まで戦争なんかとは無縁《むえん》だった国や土地も、不安になって兵力を増やしたくなるだろ。おれたちがモルギフを手に入れたことで、世界中がどんどん武装し始めたら……核の抑止力《よくしりょく》か、それとも非核《ひかく》三原則かっていう……」
 新聞はプロ野球のためだけにあるのではない。もっときちんと目を通そう。だが、こんな問題を簡潔に説明できる十五歳は、進学校にしかいないだろう。
「どこよりも強い国にしたいわけじゃないんだ。いい国と強い国は同じじゃないんだよ」
 モルギフを携《たずさ》えて凱旋《がいせん》すれば、おれの魔王としての評価は上がる。国民の皆さんの支持率も、強い王と認知《にんち》されれば高くなるだろう。けれどユーリ、それは本当に皆のためなのか?
 おれの自己満足になっていないか?
 師匠《ししょう》に訊いたら、きっとこう言われる。
「フォアザチームだろ、シブヤユーリ」
 どっかの哲学者の書いた散文みたいな、こんな抽象的《ちゅうしょうてき》な説明で、納得《なっとく》してもらえるとは思えない。ところが耳の横でコンラッドは、感心したように呟《つぶや》いた。
「なるほど、ゲティスバーグですね」
「お前等、そこで何をしているーっ!?」
 突《つ》っ走ってきたヴォルフラムは息を荒《あら》げている。こちらに向けた人差し指は、月明かりでも判るほど戦慄《おのの》いていた。
「帰ってこないと思ったら、砂浜でくっついて何してるんだ!?」
「なにって、柔軟」
 立ち上がる気配がして、背中から体温が離《はな》れていった。
「お前こそどうした息急《いきせ》き切って。わざわざ陛下を監視《かんし》するために?」
「ああそうだった、それどころじゃなかった。大変だぞ、ユーリ。お前の剣が」
「モルギフが?」
「……壊《こわ》れた」
 どうして、というより、どうやって!?
 
 
 
 目のやり場に困ってしまうネグリジェ姿で、ツェリ様はおれの腕を抱《かか》え込んだ。
「ごめんなさい陛下、そんなつもりはなかったのよ。壊れるなんて思ってもみなくて」
 不粋《ぶすい》な下着をつけない胸が、肘《ひじ》に当たって夢心地《ゆめごこち》。なんだか花畑で迷うような、甘《あま》い匂《にお》いも漂《ただよ》っている。
 魔剣は船室の中央に、どす黒い塊《かたまり》となって横たわっていた。餌《えさ》をもらってピカピカの太刀魚《たちうお》だったのに、瀕死《ひんし》の巨大鰻《きょだいうなぎ》になってしまった。
「モルギフ」
『……うー……』
 生きてる。剣に対して生きているという表現が正しいのかどうかは置いておくとしてだ。
「あまりにも不細工で変わっているから、せめて船旅の間だけでもあたくしのお部屋に飾《かざ》ろうと思ったの。運ぼうと手をかけたら……この子が……」
 ペットショップの店員さんみたいに、ツェリ様は魔剣を「この子」なんて呼んでいる。まったく、おふくろさんにはかなわない。彼女を責められる奴《やつ》など、この世にいないだろう。
「この子が咬《か》んだのよ」
「ビビビってなったりはしなかったんですか?」
「いいえ、それは大丈夫《だいじょうぶ》。でも、あたくしびっくりしてこの子を落としてしまって、そうしたら元気がなくなってしまったの。多分……」
 白くて細い指、優雅《ゆうが》に伸《の》ばした桜色の爪《つめ》で、小粒納豆《こつぶなっとう》を摘《つま》んでいる。
「これが取れてしまったせいじゃないかしら」
 おれの指は爪が丸くて短くて、他人と違《ちが》う場所にタコがある。黄ばんでけば立った布みたいな手で、モルギフの柄《つか》をぎっちり握《にぎ》りしめる。指の全《すべ》ての関節が、ぴたりと馴染《なじ》んでくっついた。素振《すぶ》り前にバットをかざすよう、右手の親指を鍔《つば》にかけ、裏側を人差し指でそっと撫《な》でた。
 もしも額の石を失って……。
「何!? 今だれかなんか喋《しゃべ》った?」
 あの時と同じだ。闘技場《とうぎじょう》でモルギフの名を叫《さけ》んだ時のように、脳に直接、文字が閃《ひらめ》く。声ではなくて、残像だ。細かい記号が一瞬《いっしゅん》だけ浮《う》かぶ。
 
 もしも額の石を失って、私がただの剣と成り果てても、魔王の忠実なる家来として、お傍《そば》においてほしいのよ。
 
「なぜ、女言葉!?」
「誰と話しているんだ、ユーリ」
「モ、モルギフと」
 そう、ウィレムデュソイエイーライドモルギフ。お傍においてあげる。
「ヨザック!」
 隅《すみ》で傍観《ぼうかん》していたヨザックは、不意をつかれて背筋を正した。オレンジの髪《かみ》が濡《ぬ》れて額にはりついている。悠長《ゆうちょう》にシャワーなんか浴びていたわけだ。
「なんです、陛下」
「この黒曜石をお前に預けることにする」
「はあ!?」
 その場の全員が唖然《あぜん》とした。コンラッドだけはすぐに平静さを取り戻《もど》し、次のフレーズを興味|津々《しんしん》で待ち受けている。
「ツェリ様が持ってるその石を、誰も思いつかないような所に捨ててほしい」
「捨て……」
「なんでだ!? ユーリ!? せっかく手に入れた魔剣の一部を、どうして捨てようなんてバカな真似《まね》を」
「そうよ、陛下、いい耳飾《みみかざ》りになると思うわ。陛下の髪と瞳《ひとみ》によく似合ってよ」
「母上、陛下の御意志ですよ」
 次男はツェリ様の指から石をとり、お庭番の掌《てのひら》に押《お》しつける。
「……オレがこれを持って姿を消して、他国の王に売りつけちまったらどうすんの? それとも逆にこいつを国に持ち帰って、陛下以外の人物に渡《わた》したら?」
「グウェンダルに?」
 意外そうな顔をした。でもこれは明晰《めいせき》な頭脳による判断ではなく、こそっと盗《ぬす》み聞きした情報だ。
「それが眞魔国のためであると思うのなら、そうするがいい。ただし……」
 ようやくコンタクトを外せた眼《め》に、力がこもっていますように。
「おれはお前を選んだんだ。この人選を間違《まちが》いにしないでくれ」
 ヨザックは、獣《けもの》の笑《え》みを見せた。
「拝命《はいめい》つかまつります、ユーリ陛下」
 賢《かしこ》い獣の笑みだった。
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