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今日からマ王7-4

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
核心提示:     4 憤懣《ふんまん》やるかたないという表情で、聞き込みに行っていたフリンがおれたちの元へと戻《もど》ってくる。
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 憤懣《ふんまん》やるかたないという表情で、聞き込みに行っていたフリンがおれたちの元へと戻《もど》ってくる。ハンカチの二、三枚は軽く引き裂きそうだ。
「|面倒《めんどう》なことになりました」
「まあそう難しい顔しなさんなって。|眉間《みけん》にしわが残っちゃうよ」
「あのねクルーソー大佐、これは非常に深刻な事態なのよ。とても重大な危機なのよ、お判りかしら?」
「判ってるって。だから勝手に逃げ出さずに待ってただろ?」
「ええご協力には感謝しますけどッ」
 のんびりと草を食《は》む背中に視線を落とし、フリン・ギルビットは|忌々《いまいま》しげに舌打ちした。会った当初の貴婦人らしい振る舞いはどこへやら、今ではすっかりそこらのおねーさんだ。
 羊の背中あるいは腹にしがみつき、やっとのことで平原組から逃《のが》れたおれたちは、村の外れにへたり込んでいた。もちろん、三十頭近い群れも一緒《いっしょ》。
 先程《さきほど》ちらりと見えた道標《みちしるべ》には、東に向かえば大シマロン領、西は小シマロン本国と書かれていた。まさに|分岐《ぶんき》点というわけだ。
 おれと村田に逃げないようにと言い残して、フリンは一人で雑貨屋へと向かった。情報を収集するためだ。
 仮にも|捕虜《ほりょ》だった者達を、見張りもつけずに放置していいのだろうか。立て続けに起こる計算外の出来事に、彼女はすっかりぺースを乱されているようだ。
「大シマロンとの国境は見事に封鎖《ふうさ》されてるそうよ。毎月|越境《えっきょう》してる商人や羊飼いさえ、容易には通してもらえないらしいわ。|近隣《きんりん》の住人もずいぶん不安がってるみたい。今のところ事情を聞いてるのは、一部の兵士達だけでしょうけれど、この物々しい雰囲気では一般《いっぱん》にまで手配が回るのは時間の問題ね」
「なにしろ羊泥棒だからなー」
 村田がのんびりと口を挟《はさ》む。呼ばれたかと勘違《かんちが》いした一頭が、穏《おだ》やかな灰色の目を上げた。下顎《したあご》は斜《なな》めに動いて咀嚼《そしゃく》中。
「違うわよ、羊くらいでこんなことになるものですか」
 おれはそいつの頭を撫《な》でた。薄茶《うすちゃ》の顔の中央に、人間でいうTゾーンが白抜《しろぬ》きされている。
「まったく傍迷惑《はためいわく》な家族だよ。国境封鎖だって。|普通《ふつう》、娘相手にここまでするかー? 仮にも実の親子なんだからさあ」
「親子? 親子だからなんだっていうの? 父であろうが娘であろうが、相手はカロリアを狙《ねら》っている男よ。ノーマン・ギルビットに統治力がないと知れば、すぐにでも領主の座を奪うべく乗り込んでくるわよ。ちょっとっ、その毛玉どけてちょうだいっ! これじゃ座ることもできないじゃないの」
 フリンが怒鳴《どな》ると、八つ当たりされた|家畜《かちく》は一糸乱れぬタイミングで振り返った。
「ンモっ」
 不機嫌《ふきげん》だ。
「なによ、凄んだって駄目よ。あんたたちのせいで計画は台無し! あーら簿汚れてダマダマになって、品質の悪い羊毛十割が歩いてるわー!」
 動物相手におばさんギャグを喰《く》らわせたところで、事態は一向に好転しない。
 彼女は羊に肘鉄《ひじてつ》を食わせ、木の根本によろりと座り込んだ。少女みたいに膝《ひざ》を抱《かか》えてうずくまる。
 声をあげて、泣くのかと思った。
 背中はひどく細く感じた。
「……どうしてこんなことに……」
「それはこっちが訊《き》きたいよ」
 度入りサングラスを取り戻した村田健は、ベージュの顔を一頭ずつ確かめて、ウールの|値踏《ねぶ》みを始めている。太い幹に寄り掛《か》かったまま、おれはフリンを見下ろしていた。
「家に帰るのに手を貸してくれるかと思って、あんたの館《やかた》へ行ったばかりにさ。ウィンコットの|末裔《まつえい》だーなんだかの|鍵《かぎ》を操《あやつ》る大事な人だーって言い立てられて、監禁《かんきん》されてとうとうこんなとこまで連れてこられちゃったんだぞ。なんでこんなことにって言いたいのは、あんたじゃなくておれたちだよ」
「……そうね」
「あんたが親父《おやじ》さんと仲違《なかたが》いしてるのも知らなかったし……そのー、政略|結婚《けっこん》? ていうの? ダンナとそういう関係だってのも、すぐには考えつかねーもん」
「そうよね。ごめんなさい」
 ずっと堂々としていた年上の女性からしおらしい言葉をこぼされる。モテない野球|小僧《こぞう》歴の長いおれは、そういう不意打ちに非常に弱い。
「いっ、いやっ、謝らせようと思って言ったわけじゃないケドっ! まあ謝ってもらって済むようなレベルでもないんだけどね……今更《いまさら》。そのでもっ」
 膝に顔を埋めたままだ。
「……でも、自分がなんで巻き込まれてるのか、何に巻き込まれてるのか、知りたいってのは当然だろ?」
「ええ」
「もう、教えてくれてもいいんじゃないかな。あんたは何故《なぜ》、おれたちを大きいシマロンに連れて行こうとしてるの? 本国は何故、おれたちを欲しがってるんだい? おれが……」
 敵対する|魔族《まぞく》の王様だから? そう訊こうとしてすんでのところで言葉を切った。
 渋谷ユーリの|特殊《とくしゅ》な身元は、フリンにはまだ知られていないはずだ。現在はウィンコットの末裔のクルーソー大佐。それ以上手の内を見せることもない。
 午後の鐘《かね》が数回|響《ひび》いた。教会らしき建物から、黙《だま》りこくった一団が歩いてくる。
 人々の中果には、真っ白な箱を持った男達がいた。形や大きさから察するに、|恐《おそ》らく棺桶《かんおけ》だろう。しめやかな列はおれたちの|脇《わき》を過ぎ、小高い丘《むか》への道を曲がってゆく。
 親指を背中に回していたのに気づいて苦笑する。小学生じゃあるまいし、それも、日本に戻れたわけでもないというのに。
「|葬式《そうしき》だ。|誰《だれ》か亡《な》くなったんだな」
「子供よ」
「え?」
 遠ざかる葬列にもう一度目をやる。母親らしき女性もいることはいるが……。
「棺桶が白いでしょう、男の子よ。大人は茶色、女の子は赤茶色。白い棺桶は少年兵が死んだときに、勇気と愛国心を讃えて使うのよ。十二か、三までの男の子」
「だってまだ、戦争始まってないだろ!? それに十二って……そんな子供が兵士なんて……」
「ここらじゃ当たり前のことなのよ」
 フリンは膝から顔を上げ、曇《くも》りかけた空に視線を投げる。雲の合間に|僅《わず》かに残った太陽を、名前も知らない小鳥が横切った。
「百年以上前、大陸がまだ百近い国家に分かれていた頃からずっと、平原組は国としての土地を持たなかった。諸国から送られてくる人々を鍛え上げて、一人前の兵士にする組織だったの、だから|充分《じゅうぶん》な土地や財を持ってはいても、|所詮《しょせん》は養成機関という存在だったのよ。両シマロンが大陸全土に|侵攻《しんこう》しても、平原組の立場は変わらなかったわ。男達を預かって、鍛えるだけ。どこの国、どこの地方の者でも関係ない、ただ|戦闘《せんとう》に耐《た》えうる兵士に育てるだけ。そのうち、多くの国が戦《いくさ》に敗れ、大陸の東側は殆《ほとん》どがシマロン領になった。カロリアもそうよ。ギルビット家も小シマロンに|降伏《こうふく》したの」
 私はまだ嫁《とつ》いでいなかったけれど、とフリンは付け足した。
「その頃から少しずつ、私の父……平原組の仕事に変化が現れ始めた。送られてくる人間の|年齢《ねんれい》が若すぎるのよ。宗主国であるシマロンの法律では、十二を過ぎると兵役に就《つ》くんですって。十二といっても子供はそれぞれだわ、貧しい村で生まれ育てば、痩《や》せて不健康な子供もいる。中には剣《けん》を持つ力さえないような、兵士に向かない子だっているわ。それでも、父も兄も……以前と同様に兵士を育てた。それが一族の仕事だったからよ。訓練中に命を落とす者も増えた。当然だわ、まだ身体《からだ》もできあがっていない子供なんだもの。剣の使い方も、人間の急所も知らない子供達なんだもの……そういう子達をどうにか一から教えて、やっとのことで送り出すの。今度は各国の軍隊に向けてじゃなく、全員が大国シマロンの兵隊になるのよ……そういう場所で私は育ったの。毎日毎日、剣の音や|怒声《どせい》、ときどきは悲鳴の聞こえる館でね」
 村田は最高値の羊を見つけだしたようだ。幼い女の子が|嬌声《きょうせい》をあげて駆《か》け寄ってきて、大型バイクほどもある毛の塊《かたまり》に抱《だ》きついた。後からついてきた母親が、笑いながら村田に声をかけている。
 さっきの葬列さえ見なければ、フリンの言う剣の音や怒声、悲鳴などとは、まったく縁《えん》のない村なのに。
「私がギルビットに嫁ぐと決まったとき、父も兄も大喜びしてこう考えた。これはきっと、国家を手に入れる最大の好機だって。姻戚《いんせき》関係にあるのだから、治世に手を貸すのは不自然ではないし、|宗主《そうしゅ》国に咎《とが》められることもないだろうって。|徐々《じょじょ》に掌握《しようあく》していけば、やがては|摂政《せっしょう》として全権を手にすることも不可能ではない……もう国として認められてはいないけど「組織」というだけの平原組よりはずっと地位が高い。小シマロン領とはいえカロリアは自治区|扱《あつか》いだし、属国の中でも支配は比較的《ひかくてき》、緩《ゆる》やかなの。大きな港を持っていて、商船主とも通じている。無理やり乗り込んできて彼等の機嫌を損ねるよりも、やり方を|弁《わきま》えているギルビット家に任せたままで、収入を吸い上げる方が得策だと判断したのね」
「ギルビット港には行ったよ。活気があって、大きな船がいっぱい停泊《ていはく》してた。道路とかの設備も|充実《じゅうじつ》してたし、何よりシルバー人材が生き生きと働いてた。確かにいい港だな」
「ありがとう」
 薄《うす》い緑の|瞳《ひとみ》が細められる。
「あっ、あ、だって日払《ひばら》いで給料もちゃんと出たしねッ。見知らぬ流れ者にもバイト世話してくれたしさっ」
「働いたの!? どうして!?」
 現金が欲しかったからに他《ほか》なりません。ていうかおれは何を焦《あせ》っているんですか。ちょっと緑の眼《め》を向けられただけで。薄いライトグリーンなんて、メロンでも出涸《でが》らしのお茶でもトイレの|壁《かべ》でも見慣れてるのに。
「なのにあんたは、|旦那《だんな》が死んでも父親を国に入れようとしなかったんだな。あんな暑苦しい覆面《ふくめん》を何年間も|被《かぶ》って。自分が旦那のふりをしてまで……どうしてだ? 手にした権力がもったいなくなっちゃったのか」
「違《ちが》うわ」
 彼女がゆっくりと首を振《ふ》ると、長い髪《かみ》が膝の上から|滑《すべ》り落ちた。
「|嫌《きら》いなのよ、父の組織が。毎年毎年、カロリアからも少年が召集《しょうしゅう》されていく。十二を過ぎたら全員よ。来《きた》るべき魔族との戦に備えて、一人でも多くの兵隊が必要なんですって。そんなに戦争がしたいなら、自分の身内だけですればいい。ぬかるんだ道を歩いたこともない貴婦人の|皆様《みなさま》や、馬の世話などしたこともない貴族の皆様だけで戦えばいいんだわ。父や兄にカロリアを任せたら、国中を軍隊にされてしまう。私の夫が愛したのはそんな国じゃない。兵士ばかりが|闊歩《かっぽ》するような国じゃない」
 なるほど。
 それで領主に成り代わり、亡き夫の遺志を継《つ》いできたってわけか。
「……魔族は人間相手に戦争なんかしないって。少なくともおれの目の黒いうちは、絶対そんなことさせないって」
「どうして?」
 問い返されて、答えに詰《つ》まる。
「どうしてクルーソー|大佐《たいさ》に断言できるの? 闇《やみ》色の瞳と髪を見れば、あなたが身分の高い、力の強い魔族だということは判《わか》る、|完璧《かんぺき》な双黒《そうこく》は存在さえ稀《まれ》だって、いつだったかノーマンからも聞かされたわ、あの恐ろしい力だって……」
 フリンは唇《くちびる》に指を当て、少しの間言いよどんだ。そういえば紅茶魔神のときも、女性相手にえげつない|魔術《まじゅつ》を使ってしまった。|制御《せいぎょ》できなくて申し訳ない。
「……ウィンコットの末裔なのだから、きっともっと強大な力を秘《ひ》めているのでしょうね。今はとてもそんなふうには見えないけれど。でも、だからといって国を動かせるわけではないでしょう? 魔族には絶大な権力を持つ王がいて、国民は老人から赤ん坊《ぼう》まで絶対服従、意に染まぬ者は首を刎《は》ね、頭から食らってしまうのだと言われてる。魔族を動かすのが|恐怖《きょうふ》の大王なら、誰にも止めることはできないわ」
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 誰が|捏造《ねつぞう》した|噂《うわさ》ですか。ノストラダムスとか鮎《あゆ》の塩焼きじゃないんだから。ていうか第一段階として首を刎ねた場合、頭から食らう意味はないのでは。
 ふと不安になってしまった。魔族情報はでたらめもいいところだが、現情勢下における立ち位置や、土地を生かした自国の特色など、フリンは的確に把握している。おれときたら感心して聞くばかりで、|眞魔《しんま》国と比較することすらできなかった。政治とか、駆け引きとか、戦略とか、そういう能力も自分にはない。
 女性だからとカロリアを任せられなかった彼女のほうが、おれよりずっと統治者として適しているのだ。
 ……悔《くや》しいけど。
「あんたって、いい王様だよな」
「私が? なぜ? そんなことないわ。夫は良き領主で民《たみ》にも好かれたけれど、私が輿入《こしい》れするときなんて、街道から石まで投げられたのよ。あの平原組の娘《むすめ》を娶《めと》るなんて、って。無理もないわ。何世代にも亘《わた》って罪もない人々を戦場に送り、それでお金を稼《かせ》いできた一族ですものね」
「でもそれは親父《おやじ》さんの問題であって、フリンさんが責められることじゃないだろ」
「私も同じよ」
 自嘲《じちょう》気味に短く言うと、彼女はしばらく黙《だま》り込んだ。そしてようやく口を開いたときには、|先程《さきほど》までの儚《はかな》げな印象は欠片《かけら》も残されていなかった。
「お忘れかしら、クルーソー大佐。私はあなたをシマロン本国にお連れする途中なのよ。それも宗主国である小シマロンではなく、牽制《けんせい》しあっている大シマロンへ」
「だからそれは一体、なんのために……」
 村田がひょええと|奇声《きせい》を発し、機械|仕掛《しか》けみたいにぎこちなく振り返った。それから右手を豪快に回し、空に向かって叫びだす。
「ど、どうしたムラケ、ロビンソン? 悪い虫にでも刺《さ》されたか!?」
「やだ、大佐のお友達って本当に謎《なぞ》ね。|煙《けむり》の|瓶《びん》だってどこに隠《かく》し持ってたのかさっぱり判らないし、あのときだってまるで別人みたいに……」
「うーうーうーうーれたー、羊が売れたぞーっ! しかも新しいご主人様は、メリーちゃんって女の子だー! メーリさんのひつじーひつじーひつじーメーリさんのひつじーひつじーひつじーメーリさんのひつじーひつじーひつじー」
 可愛《かわい》いって言ってやれよ!
 
 
 誰でも懐が暖まれば、何とかなりそうな気がしてくるものだ。
 羊三十頭を売り飛ばした札束は、フリン・ギルビットを少しだけ前向きにした。こうなったら石にかじりついてでも、クルーソー大佐と東京マジックロビンソンを大シマロンまで送り届ける決恵、だそうだ。
「……それにしてもクルーソー大佐と東京コミックロマンチカって何だよー……」
「違うぞ渋谷、東京ロマンチカは鶴岡雅義《つるおかまさよし》だ」
 もう歳を訊く気力もない。倍|脱力《だつりょく》。
「にしても、女ってタフだよな」
「だね」
「さっきまではこの世の終わりみたいな顔してたのにな」
「だね」
 身分の高いご婦人とは思えない|手際《てぎわ》の良さで、フリンはてきぱきと準備を整えた。ドア・トゥー・ドアで至れり尽くせりの馬車の旅から、検問手配をかいくぐる逃亡者《とうぼうしゃ》へと転身したため、衣装《いしょう》や装備も揃える必要があったが、彼女はそれにも時間をかけず、男物の簡素な服を三人分手に入れてきた。
「でも店のトイレで|着替《きが》えちゃうのは、ちょっとおばちゃん入ってるよな」
「だね」
 決意表明のためにぎゅっと縛《しば》ったプラチナブロンドも、以前の|輝《かがや》きを取り戻《もど》している。ただし、あまり目立ってもいけないので、おれの主張する異世界の戦闘帽《せんとうぼう》、ベースボールキャップを|目深《まぶか》に被《かぶ》ってはいるが。顔があまり見えない点を差し引いても、おれ的にはかなりの高得点だ。いやむしろプラス5ポイントかも。なにしろ|金髪《きんぱつ》美人がポニーテールで野球帽なんて、メジャーの衛星中継でしか拝めなかったのだ。
 まずいぞ落ち着け、十六歳のおれ! 繰り返し説明するようだが、相手は自分達を監禁して、連行している怖《こわ》い女だぞ。
「前々から思ってはいたんだけどさ、渋谷って女の子の好みが極端だよな」
「はあ? 極端って?」
「だから、おねーさまタイプかロリ系かっていう」
「はあー!? なんだそりゃ!?」
 眼鏡《めがね》愛用者特有の半目で|凝視《ぎょうし》されて、見透《みす》かされたかと動揺《どうよう》してしまう。
「そそそそんなこたねーって! 好きになった相手がタイプですって! モテ男|撲滅《ぼくめつ》委員会|兼《けん》モテない人生脱出努力会員としては、どんな女子でもストライクゾーン、ウェルカム恋のデッドボールですって!」
「いいよいいよ照れなくても。だって同学年に見えるような相手とは、噂になったこともないじゃん。卒業間近に付き合ってたショートカットの後輩《こうはい》もさ、顔も身体《からだ》も小さくて小学生みたいな幼い感じだったし」
「あれ男だよ! 野球部だよ! スポーツ刈《が》りだよっ! ていうか全然つぎあってねーよ!」
 恐《おそ》るべし、ど近眼の幸せな日常。デマが生まれる瞬間《しゅんかん》を体験してしまった。
「でもやっぱこう、オヤジくさいといわれようが、あの項《うなじ》とか生え際がなっ、な、ロビンソン。アレお前って意外と毛深モコモコダマダマでぬくぬく……ううわなんだこりゃ!?」
「ンモっ」
 村田の肩《かた》を叩《たた》こうと伸《の》ばした先に、触《さわ》り慣れた家畜《かちく》の背中があった。薄茶《うすちゃ》の顔の中央には、Tゾーソが白抜《しろぬ》きされている。
「お前、Tぞうっ。何でここに」
「あれー、一頭ついて来ちゃったのか。さすがにメリーさんの羊だなあ」
「ついてきちゃったのかじゃねーよ、ついてきちゃったのかじゃ。どーすんのこれ、先生に怒られるぞ!?」
 案の定、防寒具を買い込んで戻ってきたフリンが、Tぞうを見つけて悲鳴をあげる。
「きゃー何それ、どうして売ったはずの家畜がいるの? そんなの連れてたら船に乗れないじやないのっ」
「船? ここ海沿いだとは思えないんですけど」
 革《かわ》の上着で着ぶくれたツアーコンダクターは、腰《こし》に手を当てて偉《えら》そうに言った。
「大シマロン国境を固めてる平原組の裏をかいて、西の境から小シマロンに入ることにしました。ロンガルバル川を河口まで北上して、海側から北|廻《めぐ》り船に紛《まぎ》れ込めれば、大シマロンの商港をいくつか通るから。かなりの遠回りにはなるけれど、この道筋が最も安全よ」
「船かぁ」
 悪いイメージばかりではないが、豪華《ごうか》客船に乗せてもらったおかげで、海賊《かいぞく》にシージャックされた経験がある。やはり身の丈《たけ》に合わない乗り物はいけない。クルージングとグルーミングの区別もつかない奴《やつ》には、スワンボートくらいが似合いなのだ。
 またあんな目に遭うくらいなら、いっそのことグレードを下げてもらいたい。
 だが。
「……こ、これに?」
 おれの心配は無用だった。
 まず北上する川というのが途轍《とてつ》もなく広い。|一般《いっぱん》的な日本人の|認識《にんしき》からすると、どんな一級河川でも、ある程度向こう岸は見えるもんだが。
「ロンガルバル……湖?」
「いいえ、川よ。陸路を行くよりずっと楽だし早いでしょ」
 えっへんとでも言いたげだ。
 暮れかけた日に照らされて、水面は不気味な|紫色《むらさきいろ》。
「それにしても、本当にこれに乗るんですか。おれたちはともかく、フリンさんも?」
「乗るわよ、仕方がないじゃない。家畜連れの怪しい三人組だもの。普通《ふつう》の客船は招き入れてくれないわ」
 枯《か》れ草《くさ》がはみ出すボードウォークの先には、これまた予想を裏切る乗り物が停泊《ていはく》していた。
 規模は箱根の観光船くらいでも、作りがやたらシンプルだ。救命ボートを巨大《きょだい》にした上に、一部だけ屋根がついている。甲板《かんぱん》の大半を木箱が占領《せんりょう》し、辛《かろ》うじて雨をしのげそうな場所には、人がぎっしりと集まっていた。
 つい先日までお館《やかた》暮らしだった女性が利用するには、いささかワイルド過ぎはしないか。
「すごい! ナイル川みたいだぞ。殺人事件とか起こっちゃったらどうする? 僕がホームズでお前がコムスンな」
「……おれは介護《かいご》サービスですか」
 村田はやる気満々だが、仕切もない大部屋のみの状況《じょうきょう》では、乗員みんなが目撃《もくげき》者だ。名探偵になりきっても空《むな》しいばかり。
「扱《あつか》ってないってどういうことなの!? きちんとした小シマロンのお金よ。偽《にせ》貨幣《かへい》だなんて言わせないわよ」
 フリンが窓口で興奮している。相手の男は眉《まゆ》を上下させ、紙幣《しへい》を受け取ろうとしない。
「どうした、大佐《たいさ》の出番か」
「どこの軍人さんご夫妻かは知らんがね、戦争が始まろうってこのご時世に、シマロン通貨で取引する間抜けはいませんや。国内だけで|商《あきな》いしてるわけじゃねェんだ、暴落|覚悟《かくご》ではいはい受け取るのは素人くらいのもんよ」
 おれたち全員、素人でした。
「素性《すじょう》も知れねェ予定外の客乗せるんだ、金か銀、それか法石でも貰《もら》わんと」
 きゅっと口を結び、|一瞬《いっしゅん》黙《だま》ったフリンだったが、すぐに左の耳元へと指をやる。おれは思わず視線を逸《そ》らした。女の人がピアスを外す瞬間は、痛そうでこっちが見ていられない。
「これなら満足?」
「ああ、これならもう、|充分《じゅうぶん》。釣《つ》りはあげらんねェですけど」
 男はにんまりとして貴金属を受け取った。かなりの値打ちだったのだろう。|恐《おそ》らく夫からの贈《おく》り物《もの》だ。フリン・ギルビットはどうしてそこまでするのか。
 結局役に立たなかった大佐とロビンソンは、空想干し草を咀嚼《そしゃく》中のTぞうを牽《ひ》いてタラップを渡《わた》った。おれたちが乗ると間もなく船は岸を離《はな》れ、緩《ゆる》やかな流れに身を任せる。
 夕陽は水平線へと沈《しず》みかけ、辺り一面を蜜柑色《みかんいろ》に染めていた。
 防寒具をきっちり着込んでいるとはいえ、夜の始まりはかなり冷える。川の上ならなおのこと、風を防げる|壁《かべ》の内側にいたかったのだが。
 同じ場所から加わった数少ない乗客は、みな一様に甲板にとどまっている。木箱の陰《かげ》で風を避《さ》け、襟《えり》を立てて互《たが》いに身を寄せ合っている。
「……なんで屋根の下に行かないんだろ」
 理由はすぐに判明した。
 |唯一《ゆいいつ》の船室である大部屋への|扉《とびら》を開けると、それなりに暖かい室内には、老若《ろうにゃく》男男が百人以上も屯《たむろ》していたのだ。一癖《ひとくせ》もふた癖もありそうな奴ばかりで、いずれ劣《おと》らぬ悪人面。薄桃色《うすももいろ》の揃《そろ》いの繋《つな》ぎに身を包んだ連中は、新参者に気づくと|一斉《いっせい》に国を噤《つぐ》んで戸口を見た。
 二百四の瞳《ひとみ》(|充血《じゅうけつ》中)。 こんな熱視線を浴びてしまったら、箱の陰にうずくまウたくもなる。おれだって即座にドアを閉めてこの場を立ち去りたいのだが、背中を向けるのも恐ろしい。
「えーっと、皆《みな》さんはどういうチームなんですかー?」
「ぱかっ、ロぴンちゃんっ」
「だってほら、可愛《かわい》い色のユニフォームだからさ」
 慌《あわ》てて小声で制しても、村田健の口に戸は立てられない。なにしろ彼は人の顔などろくに見えていないのだ。またしても恐るべし、ど近眼。
 同じ服装だからといって、|誰《だれ》もがスポーツマンというわけではなく、同じ制服だからといつて、誰もが仕事仲間というわけでもない。でももしかしたら、ピンクが大好きで、とっても気の合う走り屋集団という線も……。
 一同は凶悪《きょうあく》な歯を見せて、文字通りゲラゲラと笑った。
「俺等ぁおめーえ、人殺しの集団よーぉ!」
「百人あわせりゃ千人も二千人もぶっ殺してんのよーぉ!」
 でたっ、チーム殺人者。
 恐る恐る床《ゆか》を見ると、全員の足には鎖《くさり》と鉄球が繋がっている。
「なんてこった……こりゃ|囚人《しゅうじん》移送船だよ……」
 戻《もど》ろうにも、既《すで》に岸は遠い。|珍《めずら》しくフリンが青い顔をして言った。
「……実は私、ちょっとした生理現象が、限界に達しそうなんだけど……」
 トイレは部屋の反対側だ。
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