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今日からマ王7-5

时间: 2018-04-29    进入日语论坛
核心提示:     5 史上最悪の船旅とは、こういう事態のことを指す。 フォンビーレフェルト|卿《きょう》ヴォルフラムは剣《けん》
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 史上最悪の船旅とは、こういう事態のことを指す。
 フォンビーレフェルト|卿《きょう》ヴォルフラムは剣《けん》を抜《ぬ》き放ち、船尾《せんび》に向かって突《つ》っ走っていた。降り注ぐのは雨ではなく海水だ。船体が大きく左に傾《かたむ》き、濡《ぬ》れて滑《すべ》りやすくなった甲板で、逃《に》げ損《そこ》ねた客が転んでいる。
「早く! 武器の無い者は中に入れ。どこかに掴《つか》まってじっとしていろ!」
 これまでの船旅でも災難はあった。海賊に|占拠《せんきょ》され奴隷《どれい》扱いされたり、幼児を虐待《ぎゃくたい》する暴力夫婦と勘違《かんちが》いされたりもした。
「だが巨大イカは初めてだぞっ!?」
 ヴォルフラムは手入れの行き届いた剣を振《ふ》りかざし、船尾に絡《から》みつく灰色のゲソに|斬《き》りかかった。太さは|樹齢《じゅれい》百年の古木ほどだ。吸盤《きゅうばん》一つが城の便器よりでかい。
 周囲では皆がありとあらゆる刃を用いて、巨大な海産物と格闘《かくとう》している。二刀流の旅の|傭兵《ようへい》や斧《おの》を使いこなす|冒険《ぼうけん》者、大包丁をふるう料理長、牛刀を引く花板と鉄|串《くし》を突き刺《さ》す焼き物担当、斬鉄《ざんてつ》剣の無口な男。
「|冷凍《れいとう》食品から生イカまでっ! 冷凍食品から生イカまでっ!」
 威勢《いせい》のいい掛《か》け声で頑張《がんば》っているのは、通販《つうはん》好きのおかみさんたちだ。料理修行中の若奥さんだけが、名前入り包丁をおろそうかどうしようか迷っている。
「皆さんあと一息、気張ってくださーいーイカは脅威《きょうい》であると同時に、我々の貴重な食料ですからー!」
 これまで何度も「危険、イカ|出没《しゅつぼつ》海域」「ただいま巨大イカ爆釣《ばくちょう》中」の表示は目にしていた。だが、まさか自分が実際に遭遇するとは思わなかった。
 足一本に絡みつかれただけで、大型船が沈もうかという揺《ゆ》れ方だ。これで胴体《どうたい》まで使われたら、間違いなく人間側の敗北だろう。
「やったわ! 嬉《うれ》しいっ。先生、初めてイカがさばけましたー!」
 感激した若奥さんの報告と同時に、|怪物《かいぶつ》は深海へと潜《もぐ》っていった。帆柱《ほばしら》が折れ、水浸《みずびた》しになった甲板に、切断された第七肢を残して。
 人々は互いの健闘《けんとう》を称《たた》え合い、新鮮《しんせん》な切り身を手|土産《みやげ》に船室へと消えていった。今夜はイカで一杯《いっぱい》だ。
「軽傷の方はご自分の足で歩いてこちらへ。頭を打った方はその場を動かずに、私が行くまで静かにしていてくださいー!」
 やっとのことで危機が去った船内では、戦場の天使フォンクライスト卿ギーゼラが、怪我《けが》人達に呼びかけている。彼女に同行した男達は、患者《かんじゃ》の数と居場所を把握《はあく》するために飛び回っていた。
 一仕事終えたフォンビーレフェルト卿は額の|汗《あせ》を拭《ぬぐ》い、年上の連れに声をかけようとした。
「ギーゼ……」
「貴様等ぁッ! 何をのろのろと動いているか! 怪我人は待っちゃくれんのだぞ!?」
 ぎ、ぎーぜら?
 ヴォルフラムは宙で手を止めたまま、古くからの知人を|呆然《ぼうぜん》と見た。
「おいそこっ! 訓練で何を教わってきた!? 貴様の足は何のためにある?」
「はい軍曹《ぐんそう》殿《どの》ッ! 患者を運ぶためでありますッ!」
「答える|暇《ひま》があったらさっさと仕事にかからんか! ぐずぐずするな、走れ亀《かめ》どもがッ! さあ、お嬢《じょう》さん、額を診《み》せてちょうだい。大丈夫《だいじょうぶ》よ、きっと傷跡《きずあと》も残らないから……あら、閣下」
 彼に気づくとギーゼラは、声の質までがらりと変えて|微笑《ほほえ》んだ。
「ご|活躍《かつやく》でしたね。頬《ほお》に吸盤の一部が吸い付いていますよ」
「つかぬことを訊《き》くが、ギーゼラ……お前の階級は軍曹だったか……?」
「いいえ、違いますよ。そうお役に立てているとは申せませんが、年数だけは長く勤めさせていただいていますから、ありがたいことに士官の位を授《さず》かっておりますけど……あの、それが何か?」
「いっ、いや別に。何でもないんだ」
「軍曹殿というのは、ギーゼラ様の、あだ名ですよ、閣下っ」
 船倉から駆《か》け上がってきたつるびかダカスコスが、息を切らしながら説明する。
「閣下はご存じない、かも、しれませんがっ、自分ら部下に対しては、いつもああです」
 知らなかった。
 思慮《しりょ》深い濃緑《のうりょく》の瞳、慈愛《じあい》に満ちた眼差《まなざ》しと癒《いや》しの手。青白く冷たい指を持つ優秀《ゆうしゅう》な治癒《ちゆ》者が、あるときは鬼《おに》軍曹だったとは。子供の頃《ころ》からの付き合いだったのに、今の今まで気づかなかった。なんだか裏切られたような複雑な気分だ。
「し、しかしこれはユーリにも教えなくては」
「ダカスコス、無駄《むだ》口を叩《たた》いている場合じゃないでしょう。下に負傷者はいなかったの?」
「ああはい軍曹殿、下には|擦《かす》り傷程度の者しか。ですが、そのー、キーナンの姿が見あたりません」
「なんですって? いつからいないの? まさかイカ足に巻き付かれて、海に引きずり込まれたのかしら……彼に限ってそんなことは考えにくいけど……」
 ギーゼラが言葉を濁《にご》すのも頷《うなず》ける。キーナンというのは人相の悪い三白眼の男だ。四人の中では最も腕《うで》が立つと、ヴォルフラム自身も|値踏《ねぶ》みしていた。
「それが、あのー、寝棚《ねだな》に荷物がないんですよー。キーナンの服も弓も剣も、もちろん大事な矢立も」
 そういえば彼は太くて頑丈そうな筒を、肌身離さず持っていた。
「救命|艇《てい》はどうだ」
 |突然《とつぜん》、口を挟《はさ》んだヴォルフラムに、ダカスコスは反射的に答えた。
「いえ、こういう船なので元々何|艘《そう》積んでいたのか……えっ、え、まさか! ここから陸までどれだけあります!? 一人で漕《こ》いで迎り着ける距離《きょり》じゃないですよ!?」
「一人なら、無理だろうな」
「待ってヴォルフラム。でも何故《なぜ》、彼が|逃走《とうそう》しなければならないんです? 私には理由が思い当たらないわ」
 可能性はいくつもあるだろう。
 だが目的が、見つからない。
 
 
 
 報告に耳を傾け、追って指示を出すことにも疲《つか》れ果てた。
 数ばかりは次々と舞《ま》い込むのだが、有益な情報は皆無《かいむ》に等しい。返す言葉も「捜索《そうさく》を続行せよ」ばかりだ。
 先発隊がようやくシマロンに入ったが、|眞魔《しんま》国面積の十倍はある広大な土地だ。ただ|闇雲《やみくも》に捜《さが》しても、追いつける可能性は極《きわ》めて低い。少しでも場所を絞《しぼ》れれば、それだけ確率も高くなる。
 フォンヴォルテール卿グウェンダルは白の骨牌《かるた》を暖炉《だんろ》に投げ込み、|瞬《またた》く間に燃え落ちるのを見守った。長い脚《あし》を組み、|爪先《つまさき》を火に向けているが、身体《からだ》のどこも暖まった気がしない。
 向こうはこれから冬に入る。防寒の備えはあるだろうか。
 彼は種族を問わず好かれる質《たち》だし、幸いなことに庶民《しょみん》の育ちだ。街の者に紛れて過ごすのを少しも苦痛と感じないだろう。その点だけが救いだった。
 貴族としての生活しか知らない者は、無意味な自尊心に支配されることも多い。敵対している人間の中に放り込まれれば、たとえ善意の手が差しだされても、あえて拒むこともある。
 ユーリは人間と交わることに|躊躇《ためら》いがない。あの調子で、好意を|素直《すなお》に受け入れれば、少なくとも凍《こご》える心配はないだろう。これまでの行動から想像すると、逆に|誰《だれ》かを助けているかもしれない。
 執務《しつむ》室に人がいないのを確かめてから、グウェンダルは苛立《いらだ》ちとともに呟《つぶや》いた。
「……何処《どこ》にいる」
 双黒《そうこく》の価値と危険を|認識《にんしき》しているだろうか。髪《かみ》と瞳《ひとみ》はしっかり隠《かく》せているか。我々と両シマロンの関係は把握しているか。教育係はどこまで詳《くわ》しく教えていただろう。
 こうなってくるとユーリの補佐《ほさ》と教育を、フォンクライスト卿任せにしていたことまで悔《く》やまれる。もう少し関《かか》わっておくべきだった。むしろ|全《すべ》て自分が取り仕切れば良かったのだ。
 全速力で廊下《ろうか》を走る靴音《くつおと》が響き、部屋の近くでゆっくりになった。兵達も皆《みな》、時間を惜《お》しんでいる。一刻も早く王を見つけだしたいのだ。
「よろしいですか、閣下」
「走って構わんと言ったはずだ。落ち着いたふりなどしなくてもいい」
「……はい」
 襟章《えりしょう》の色は王城警備隊だが、先程までとは違う顔だ。担当する地域が異なるのだろうか。細身の男は机まで歩み寄り、目を伏《ふ》せたままで二枚の紙片を差し出す。
「申し上げます。本日午後、我々の|拠点《きょてん》ではなく城下の民間通信商|詰《つ》め所《しょ》に、このようなものが届きました」
「民間通信商に?」
「はっ。『|白鳩《しろはと》飛べ飛べ伝書便』と申します通信組織がございまして、文書をっけた鳩を飛ばし、距離で計算した金額を受け取るという、何ともよく考えた商売で」
「それは知っている」
 各国が独自に使う軍事的情報|通信網《つうしんもう》と比べると、早さと確実さにおいては格段の差がある。
 しかし「白鳩飛べ飛べ伝書便」の利点は、世界中に拠点があることだ。民間商業組織だから、敵国も何も関係ない。その土地の主と契約《けいやく》を結び、金額面で合意に達すれば詰め所を建てる。ここ数年で|需要《じゅよう》も順調に伸《の》び、主要な都市には必ずといっていいほど窓口を持っている。
 彼等は鳩の道を熟知しており、|中継《ちゅうけい》地点をいくつも通過して、世界中のあらゆる都市へと文書を送る。基本的に客は選ばない。|魔族《まぞく》であろうが人間であろうが大切な|依頼《いらい》人だ。
「小シマロンから八ヵ所で鳩を代えているのか。こちらはカロリアから……カロリアだと?」
 二通のうちの一通は、風雨のせいか文字がかなり掠《かす》れていた。読めないというほどではないが、署名らしき部分はすっかりインクが広がっている。内容は、小シマロン領カロリア自治区にて、陛下と連れの者を確認したとのことだ。この通信は逆に問い合わせていた。
『それにしても陛下は相変わらずかわいらしい。しかし何故《ほにゆえ》、護衛もなく旅をされているのか、その点をご説明願いたし』
 もう一通は小シマロン本国からだ。こちらのほうが発鳩《はっきゅう》が一日|遅《おそ》く、文も殴《なぐ》り書きに近かった。
『……子供二人きりでの旅は、少し危険過ぎやしないか?』
 |姓名《せいめい》ははっきりとは記されていないが、紙の右下の符牒《ふちょう》には覚えがある。
 フォングランツ卿アーダルベルト、国を捨て、魔族を裏切った男のものだ。
「アーダルベルトと|接触《せっしょく》しただと!?」
「え!? それは非常に危険なのでは」
 宛名はコンラート・ウェラーとなっている。人間風の呼び方だ。おそらく差出人は二人とも、コンラートの悲劇的な状況《じょうきょう》を報《しら》されていないのだろう。
 差出人のこと以上に、子供二人という表記も気にかかる。同年代の少年と一緒《いっしょ》なのか、それとももっと幼い道連れなのか。ユーリのことだから、小さな人間を保護したまま、結局世話し続けているのかもしれない。例によって、例のごとしだ。
 あまりに情報量が少なくて、かえって不安が増すばかりだが、しかし一通目の通信によれば少なくともカロリアは通過したわけだ。
 カロリア自治区からなら、動ける先は限られてくる。小シマロンが宗主国である以上は、大シマロン本国には行きづらいだろう。
 フォンヴォルテール卿は靴《くつ》を鳴らして立ち上がり、卓上に勢いよく地図を広げた。何ヵ所も書き込みのある大陸の中央に、カロリア自治区は位置していた。まるで忘れられていたみたいに、そこだけまったくの無印だ。
「小シマロンに向かっている全隊に告げろ。到着次第《とうちゃくしだい》、カロリアに繋《つな》がる道程すべてを監視《かんし》! また平原組はじめ|隣接《りんせつ》地域では、どんな|些細《ささい》な情報も逃《のが》さぬように」
 男が小走りに退去すると、グウェンダルはもう一度文書を読み直した。今度は暖炉に投げ込まず、自分の懐《ふところ》の隠しにそっとしまう。
 フォングランツ・アーダルベルトは危険な男だが、こうしてわざわざ報せてきたくらいだ、今すぐユーリに手を下すようなことはないだろう。だったらいっそ口実をつけて囲い込み、我々が行くまで保護してくれれば助かるのだが。
「……虫が良すぎるか」
 自嘲《じちょう》気味に呟いて、彼は暖かく孤独《こどく》な部屋を空にした。
 
 
 フォンカーベルニコフ卿アニシナの特設研究室は、血盟城の地下にある。
 |急遽《きゅうきょ》用意した場所なので、いろいろな部分が|突貫《とっかん》工事である。しかし防音だけはきちんとしておかないと、夜ごとの悲鳴で城の住人達がうなされる。だからこそ|扉《とびら》は重くて厚いのだ。それを開くと波が|防波堤《ぼうはてい》を越《こ》えるみたいに、一気に|騒音《そうおん》が押し寄せてくる。
「いやだぁぁーつきっとコロサレルーう!」
 |穏《おだ》やかではない。
 グウェンダルは背中で扉を閉めてから、悲鳴の主を目で捜した。
 |年嵩《としかさ》の女の|膝《ひざ》に取りすがって、見慣れぬ子供が泣き|叫《さけ》んでいる。フォンカーベルニコフ卿の言いつけに背《そむ》くわけにもいかず、かといって|坊《ぼっ》ちゃんを辛《つら》いめに合わせたくはない。乳母《うば》はオロオロするばかりだ。
 グレタが子供の傍《そば》に来て、|屈託《くったく》のない|笑顔《えがお》で話しかけた。あの子の笑顔も久しぶりだ。自分よりも小さい幼児が連れてこられたので、お姉さん本能に火がついたのだろう。
「まだちっちゃいねー、ぼくいくつー? みっつ?」
「……十二歳」
「ええっ嘘《うそ》だぁ、十二歳!? グレタよりも年上なの!?」
「魔族の成長は個人差が大きいですからね。けど彼はまあ標準的ですけれど。ああ、ちょうど良かった、グウェンダル」
 ベテラン実験台である|幼馴染《おさななじ》みを見つけると、アニシナは踵《かかと》を鳴らしてやってきた。高い位置で結《ゆ》った赤毛は本日も燃えていて、夏空を思わせる水色の瞳は涼《すず》やかだった。
「|紹介《しょうかい》しましょう。とりあえず実験のために来ていただきました。フォンウィンコット家の次期次期|跡取《あとと》り、リンジーくんです。続柄《ぞくがら》でいうと、スザナ・ジュリアの甥《おい》にあたります。現在ご存命中のフォンウィンコット家の人々の中で、もっとも血が濃《こ》いのが彼なのです。|恐《おそ》らくこれでウィンコットの毒の効果が明らかに! あ、血が濃いというのは肉ばかり食べてるからではありませんよ」
 まくし立てられてグウェンダルは、「白鳩飛べ飛べ伝書便」の件を切りだせなくなってしまった。まあいいだろう、今ここで公開したところで、鳩の帰巣本能について延々と語られるのがおちだ。
 グレタには後でこっそり見せてやればいい。父親思いの娘《むすめ》だから、ほんの|僅《わず》かでも|足跡《そくせき》が判《わか》ったと聞けば、少しは元気もでるだろう。
 おキクギュンターは地下室ながら日の差し込む窓辺に置かれ、両目半開きのままで沈黙《ちんもく》していた。耳を澄《す》ましてよくよく聞くと、ぷぴーよぷぴーよという独特の呼吸音が漏《も》れている。
「なんだこれは」
「寝《ね》てるんだよ。おキクって、立ったまま寝るんだね」
 グレタが日なたに座りながら言った。突っ込みどころは人形の姿勢よりも、夢にでそうな半開きの|瞼《まぶた》ではないか。いずれにせよ、自分の肉体を取り戻《もど》すための実験なのに、ヒロイン(おキク)が|眠《ねむ》りこけていていいのだろうか。
 アニシナが幼児に近寄ると、フォンウィンコット・リンジー坊やはいっそう激しく泣いた。薄茶《うすちゃ》の髪《かみ》が少女みたいに伸ばされていて、|涙《なみだ》で頬《ほお》にはり付いている。超《ちょう》高音で泣き叫ぶと、乳母が慌《あわ》てて背中をさする。
「うわぁわぁん、|毒女《どくおんな》アニシナだぁあぁ!」
「……なんですか、あなたは! 十二にもなって毒女アニシナが怖《こわ》いとは」
「だって子供の内臓を取り出して食べちゃうんだよー」
 自分を主人公にしたばかりに、ここまで子供に嫌《きら》われようとは。グウェンダルは溌剌《はつらつ》とした幼馴染みの背中を眺《なが》めた。本日もやる気|満載《まんさい》だ。
 毒女アニシナとして子供を怯《おび》えさせるのが、心の底から楽しい様子。
 アニシナ嬢《じょう》は腰《こし》に手を当てて、命令口調で言った。
「お|黙《だま》りなさい! でないと本当に髪の毛を剃《そ》って、頭の皮をつるんと剥《む》きますよっ」
「うわああーん! 怖いいーぃっ!」
 リンジーは乳母の膝に顔を埋めて泣きじゃくった。すかさずアニシナがたたみかける。
「それからどうされるか、続きを知りたくないのですか」
 子供の泣き声が|一瞬《いっしゅん》止まる。リンジーは怖《お》ず怖ずと頬を離《はな》し、怯えた視線をアニシナに向けた。
「ど、どうなるの?」
「|頭蓋骨《ずがいこつ》をノコギリでゴリゴリ切りますー」
「うわぁぁーん! 痛いぃーぃっ!」
 彼女の口からそういう言葉がでると、本当にやりそうに見えるからいっそう恐ろしい。生きている者を相手に行《おこな》ったことはないが、死体相手なら実際に|魔動《まどう》ノコギリも使ったことがある。
 子供は一頻《ひとしき》り想像して痛がると、今度は自分から顔をあげて訊《たず》ねた。
「……それからどうなるの?」
「切った頭蓋骨を毅にしてパカッと開けて、中にある|脳《のう》味噌《みそ》を塩漬《しおづ》けにします!」
「うわぁぁーん! しょっぱいー! ……それで?」
 結構、ストーリーテラーだった。
 毒女アニシナ第三弾のあらすじを聞くことで、フォンウィンコット・リンジーはどうにか涙が治まった。人間の目には三歳児にしか見えないが、魔族なので|年齢《ねんれい》は十二を超《こ》える。彼こそが人間達が捜《さが》していた、ウィンコットの|末裔《まつえい》その人だった。そうはいってもまだまだ子供なので、あまり|極端《きょくたん》な実験もできない。
 ではごく簡単な確認《かくにん》から。ウィンコットの毒とやらの効果が、本当に毒殺便覧に掲載《けいさい》されていたとおりなのかを調べようと、リンジーを雪ギュンターの前に連れて行く。
 雪ギュンターは半分くらい毒に侵《おか》されているので、|完璧《かんぺき》ではないにしろこの子供の命令をきくはずだ。
 乳母に背中を押されたリンジーが、無意識に雪ウサギに手を伸《の》ばす。
「わっ?」
 バネ仕掛《しか》けみたいな勢いで、雪ギュンターがびよんと起きあがった。あまりに力が強すぎたのか、まだ反動で前後に揺《ゆ》れている。
「ゴシジユ、メレ。ドゾ」
「うわーぁ……」
 子供は早くも涙目だ。背の高い超絶美形がいきなり起きあがり、略語で話し始めればそりゃ|驚《おどろ》くだろう。|厄介《やっかい》なことに全裸《ぜんら》だったので、後ろにいた乳母もやっぱり涙目だ。嬉しくて。
「これ、言うこときくの?」
「そのようですよ。素晴《すば》らしい! どうやら毒殺便覧は正しかった様子。ウィンコットの毒によって半死半生となった者は、やはり同じくウィンコットの者に忠誠を|誓《ちか》う、と」
「ねー何か命令してもイイ?」
「構いませんよ。あまり無理なことをさせなければ」
 フォンウィンコット・リンジーは、まず単純に「歌え」と命じてみた。すると雪ギュンターは前衛的な節回しで|唸《うな》ってくれた。ただしその歌声のせいで、これまで隠《かく》していた音痴《おんち》がばれてしまった。
 調子に乗ったリンジーは、まるで王にでもなったみたいな気分で、大胆な命令を告げてしまった。
「雪ギュンター、毒女アニシナを倒《たお》しちゃえ!」
「リョカー、イ」
 グウェンダルがまずいと思った時には遅《おそ》かった。倍ほどもある身体《からだ》の超絶美形が、ぎこちない動きながら小柄《こがら》な女性に掴《つか》みかかったのだ。直前まで鮮度《せんど》を保つために、雪や氷潰けになっていたにしては立派な速度だ。
 グウェンダルは幼馴染みを庇《かば》うため、二人の間に割って入ろうとした。しかし一歩間に合わず、ウィンコットの毒に操《あやつ》られた抜《ぬ》け殻《がら》は、アニシナの胸ぐらをつかんでいた。この体格差とこの握力《あくりょく》差の相手に|襲《おそ》いかかられては、いくら赤い|悪魔《あくま》・アニシナといえども……
「手加減はできませんよっ!?」
 彼女は|両腕《りょううで》を交差させて思い切り開き、雪ギュンターの手を外した。小柄な身体を生かして懐《ふところ》に入り、下から突き上げるように顎《あご》を殴《なぐ》る。首筋な晒《さら》して仰《の》け反った操り肉体に、高い位置への|強烈《きょうれつ》な回し蹴《げ》りだ。
 これで相手は部屋の隅《すみ》まで飛ばされた。
「すごい、すごいや! 毒女アニシナ! アニシナが一番強いんだね!?」
 まだ倫理《りんり》観を学んでいないお子様は、何の邪気《じゃき》もなく大喜びだ。
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