焼き魚のように、直接、火にかざして焼くものは、特に火かげん、焼きかげんがたいせつです。
「魚は殿様に……」とは、こうした火かげん焼きかげんのコツを教えた|たとえ《ヽヽヽ》で、魚は上身(盛りつけて表になるほう)を先に見ばよく焼き目をつけて七分どおり焼き、返してのこりの三分を焼きます。片方いちどずつで焼き上げ、なんども返して焼かないこと、たびたび返せば、身崩れを起こして、見た目にきたないばかりか、味もまずくなります。このように、焼き魚の場合には殿様のようにおっとりした態度で、じっくり焼くことがのぞましいわけです。
一方、「餅は乞食に焼かせろ」ですが、もちは魚にくらべ水気が少ないため、熱の伝導がわるく、焼けにくいうえに焦《こ》げやすい。下からあまり強い火で焼くと、余分な熱がたまり、表面ばかりが焦げてしまいます。そこで何回か返して、熱を逃がしながら焼く——こうすれば、芯まで火がとおり、おいしく焼けます。
焼きものでは、焼き|かげん《ヽヽヽ》のよしあしが、直接、風味に影響しますので、火かげんとともにおろそかにできないかげんなのです。かげんということばも料理の世界では、火かげん、焼きかげんのほかに、塩かげん、匙かげんといろいろに用いられます。ここでいう|かげん《ヽヽヽ》は、食品材料の鮮度や質量、調理法に応じて、持ち味や調合味の真価が発揮されるように、熱量や調味料を調節することをさすのですが、それぞれ臨機応変の処置が必要なだけに、かげんの修得がまさに料理人の免許皆伝にもなるのです。
古人が|かげん《ヽヽヽ》ということばに託した含蓄《がんちく》の深さは、料理そのものの奥行きの深さにも通じ、むかしから名人上手といわれる人たちが、このかげんに悩み、かげんの決定に骨身を削ってきたのも故なきことではありません。かげんの妙味は、塩何グラム、砂糖小さじ何杯と数値で言い表わせないところにむずかしさがあり、また、コツもあるのです。
魚を例にとってみても、焼きものにする場合、生ものか漬けたものか、あるいは干したものか、鮮度や大きさ、熱源、食べる人の好みによって、焼きかげんを|あんばい《ヽヽヽヽ》しなければなりませんので、加熱調理の中でもいちばん原始的な調理法でありながら、煮たきもの以上に周到な下準備と用心が必要になってくるめんどうな調理法です。
火かげんの理想が強火の遠火と言われるように、焼きかげんでは、表面に香ばしい焦げ味と香りをたたえ、中身は、適度に火熱がとおって水分が蒸発し、肉の締まった状態が理想です。鮮度のよい魚なら、特有の臭味が、焼くことによって好ましい香りに変わります。ビフテキなどは焼きすぎて肉が|からから《ヽヽヽヽ》になったものより、肉の芯に程よいかげんに肉汁がたたえられ、噛んだ際にジュッーと浸み出てくる焼きかげんのほうが風味もよく、歯ざわりも楽しめます。
鶯やつよき火きらふ餅の耳 万太郎
「魚は殿様に……」とは、こうした火かげん焼きかげんのコツを教えた|たとえ《ヽヽヽ》で、魚は上身(盛りつけて表になるほう)を先に見ばよく焼き目をつけて七分どおり焼き、返してのこりの三分を焼きます。片方いちどずつで焼き上げ、なんども返して焼かないこと、たびたび返せば、身崩れを起こして、見た目にきたないばかりか、味もまずくなります。このように、焼き魚の場合には殿様のようにおっとりした態度で、じっくり焼くことがのぞましいわけです。
一方、「餅は乞食に焼かせろ」ですが、もちは魚にくらべ水気が少ないため、熱の伝導がわるく、焼けにくいうえに焦《こ》げやすい。下からあまり強い火で焼くと、余分な熱がたまり、表面ばかりが焦げてしまいます。そこで何回か返して、熱を逃がしながら焼く——こうすれば、芯まで火がとおり、おいしく焼けます。
焼きものでは、焼き|かげん《ヽヽヽ》のよしあしが、直接、風味に影響しますので、火かげんとともにおろそかにできないかげんなのです。かげんということばも料理の世界では、火かげん、焼きかげんのほかに、塩かげん、匙かげんといろいろに用いられます。ここでいう|かげん《ヽヽヽ》は、食品材料の鮮度や質量、調理法に応じて、持ち味や調合味の真価が発揮されるように、熱量や調味料を調節することをさすのですが、それぞれ臨機応変の処置が必要なだけに、かげんの修得がまさに料理人の免許皆伝にもなるのです。
古人が|かげん《ヽヽヽ》ということばに託した含蓄《がんちく》の深さは、料理そのものの奥行きの深さにも通じ、むかしから名人上手といわれる人たちが、このかげんに悩み、かげんの決定に骨身を削ってきたのも故なきことではありません。かげんの妙味は、塩何グラム、砂糖小さじ何杯と数値で言い表わせないところにむずかしさがあり、また、コツもあるのです。
魚を例にとってみても、焼きものにする場合、生ものか漬けたものか、あるいは干したものか、鮮度や大きさ、熱源、食べる人の好みによって、焼きかげんを|あんばい《ヽヽヽヽ》しなければなりませんので、加熱調理の中でもいちばん原始的な調理法でありながら、煮たきもの以上に周到な下準備と用心が必要になってくるめんどうな調理法です。
火かげんの理想が強火の遠火と言われるように、焼きかげんでは、表面に香ばしい焦げ味と香りをたたえ、中身は、適度に火熱がとおって水分が蒸発し、肉の締まった状態が理想です。鮮度のよい魚なら、特有の臭味が、焼くことによって好ましい香りに変わります。ビフテキなどは焼きすぎて肉が|からから《ヽヽヽヽ》になったものより、肉の芯に程よいかげんに肉汁がたたえられ、噛んだ際にジュッーと浸み出てくる焼きかげんのほうが風味もよく、歯ざわりも楽しめます。
鶯やつよき火きらふ餅の耳 万太郎