薫風やすこしのびたる蕎麦|啜《すす》り 万太郎
そばのたんぱくは、水溶性のものが多いので、ゆでてからすぐ食べないと|のびて《ヽヽヽ》まずくなります。そばはゆですぎても恥ではないなどと言いますが、やはり、いくぶん|こわめ《ヽヽヽ》(かため)のほうが口あたりがよくてうまい。「蕎麦とお化けはこわいもの」という理由も、ここにあります。
穀類はすべて禾本科《かほんか》植物なのに、そばはタデ科の一年生草本です。じょうぶな植物で、どんなやせ地や、寒地でも栽培できるので、日本では古くから山間の荒地や高冷地で栽培されてきました。『続日本紀』によると、第四四代元正天皇は養老六年(七二二年)七月、詔《みことのり》をしてそばを植えさせたと言われます。いつもの年より夏に雨が少なく、稲の育ちがわるかったので、この詔となりました。このようにそばが凶年時の備荒食《びこうしよく》として栽培されたのは、七五日という短期間に結実するという利点からですが、すでに奈良朝のむかし、そばは備荒食として日本人の食生活に役だっていたわけです。ただし、そばが日常食となるためには、江戸初期、寛文年間のそば切り(今のそば)の発明を待たねばなりませんでした。それまでは|そばがき《ヽヽヽヽ》か|そばだんご《ヽヽヽヽヽ》が多かったようです。そばは一〇〇〇年以上の歴史をもつ食べものだけに、日本人のくらしと深く結びつき、日本各地にいろいろな打ち方や食べ方が残っています。徳島県の祖谷《いや》には、しいたけや鶏の煮出汁でおかゆぐらいに煮込むそばめしが残っていますし、土地によっては、そばの挽きぐるみを二割ほど米に混ぜて炊き、熱い汁をかけて食べるしかたもあります。このほか、椀種《わんだね》のそば真蒸《しんじよ》、えび芋を細切りにしてそば粉をまぶした東寺そば、お菓子ではそばまんじゅう、そばボウロなどがありますが、やはり、一般的なのはそば切りです。
そばの味の決め手は、なんといってもそば粉です。そば実の皮をむいて粉にし、ふるって作るわけですが、ふつう、そばには一番粉から三番粉までの粉が使われます。一番粉は中心部の純白な粉で、次にやや色づいたのが二番粉、おしまいに、そばの実の外皮まで挽き込んだものは、挽きぐるみとかサナゴと呼ばれ、四番粉とも言われます。
|さらしな《ヽヽヽヽ》とか|さらし《ヽヽヽ》、御前《ごぜん》粉と呼ばれる粉は一番粉を絹ぶるいしたもので、ごくわずかしかとれません。色が白く、香りや味も薄いものですが、口あたりがなめらかで上品な感じがします。おもに変わりそばの材料になります。二番粉はふつうのそばに使われ、三番粉は色が黒く見かけはよくありませんが、香りと味は濃く、この粉を使ったものには太打《ふとう》ちが多く、田舎そばと呼ばれるものは、この種の粉を使ったものがほとんどです。
各種の粉の混合の割合によって、味・香り・粘りなどもさまざまに異なり、さらに厳密に言えば、つなぎに使う小麦粉や卵、山芋のよしあし、ゆでる時間、湯かげん、水にさらすときの水温などによって、そばの歯ざわりに硬軟が生まれます。
ゆく年や蕎麦にかけたる海苔《のり》の艶《つや》 万太郎
そばのたんぱくは、水溶性のものが多いので、ゆでてからすぐ食べないと|のびて《ヽヽヽ》まずくなります。そばはゆですぎても恥ではないなどと言いますが、やはり、いくぶん|こわめ《ヽヽヽ》(かため)のほうが口あたりがよくてうまい。「蕎麦とお化けはこわいもの」という理由も、ここにあります。
穀類はすべて禾本科《かほんか》植物なのに、そばはタデ科の一年生草本です。じょうぶな植物で、どんなやせ地や、寒地でも栽培できるので、日本では古くから山間の荒地や高冷地で栽培されてきました。『続日本紀』によると、第四四代元正天皇は養老六年(七二二年)七月、詔《みことのり》をしてそばを植えさせたと言われます。いつもの年より夏に雨が少なく、稲の育ちがわるかったので、この詔となりました。このようにそばが凶年時の備荒食《びこうしよく》として栽培されたのは、七五日という短期間に結実するという利点からですが、すでに奈良朝のむかし、そばは備荒食として日本人の食生活に役だっていたわけです。ただし、そばが日常食となるためには、江戸初期、寛文年間のそば切り(今のそば)の発明を待たねばなりませんでした。それまでは|そばがき《ヽヽヽヽ》か|そばだんご《ヽヽヽヽヽ》が多かったようです。そばは一〇〇〇年以上の歴史をもつ食べものだけに、日本人のくらしと深く結びつき、日本各地にいろいろな打ち方や食べ方が残っています。徳島県の祖谷《いや》には、しいたけや鶏の煮出汁でおかゆぐらいに煮込むそばめしが残っていますし、土地によっては、そばの挽きぐるみを二割ほど米に混ぜて炊き、熱い汁をかけて食べるしかたもあります。このほか、椀種《わんだね》のそば真蒸《しんじよ》、えび芋を細切りにしてそば粉をまぶした東寺そば、お菓子ではそばまんじゅう、そばボウロなどがありますが、やはり、一般的なのはそば切りです。
そばの味の決め手は、なんといってもそば粉です。そば実の皮をむいて粉にし、ふるって作るわけですが、ふつう、そばには一番粉から三番粉までの粉が使われます。一番粉は中心部の純白な粉で、次にやや色づいたのが二番粉、おしまいに、そばの実の外皮まで挽き込んだものは、挽きぐるみとかサナゴと呼ばれ、四番粉とも言われます。
|さらしな《ヽヽヽヽ》とか|さらし《ヽヽヽ》、御前《ごぜん》粉と呼ばれる粉は一番粉を絹ぶるいしたもので、ごくわずかしかとれません。色が白く、香りや味も薄いものですが、口あたりがなめらかで上品な感じがします。おもに変わりそばの材料になります。二番粉はふつうのそばに使われ、三番粉は色が黒く見かけはよくありませんが、香りと味は濃く、この粉を使ったものには太打《ふとう》ちが多く、田舎そばと呼ばれるものは、この種の粉を使ったものがほとんどです。
各種の粉の混合の割合によって、味・香り・粘りなどもさまざまに異なり、さらに厳密に言えば、つなぎに使う小麦粉や卵、山芋のよしあし、ゆでる時間、湯かげん、水にさらすときの水温などによって、そばの歯ざわりに硬軟が生まれます。
ゆく年や蕎麦にかけたる海苔《のり》の艶《つや》 万太郎