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八墓村-第四章 四番目の犠牲者(12)

时间: 2022-06-06    进入日语论坛
核心提示:それでも彼女は、しいて自説を固持しようとはせず、やがてやぶのなかの小こ径みちをぬけると、ゆるやかな傾斜をしている草っ原を
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それでも彼女は、しいて自説を固持しようとはせず、やがてやぶのなかの小こ径みちをぬけると、ゆるやかな傾斜をしている草っ原をみつけて、そこで休んでいくことになった。草はじっとりと夜露にぬれていたが、そんなことにはお構いなしに、典子のほうからさきに腰をおろした。私もそのそばにならんで座った。

いま私たちのいるところは、八つ墓村を抱く丘の襞ひだのようになった窪くぼ地ちの縁へりで、その窪地のなかには階段式に狭い田んぼや畑があり、それらの田んぼや畑のあいだに、点々として、小さいわらぶきの農家が建っていた。ここらの農家は雨戸もしめず、電気もつけっぱなしで寝るとみえて、どの家の障子にも、明るく灯の色がさしており、その灯の色が、植えつけをおわったばかりの田んぼにうつって美しかった。空にはいっぱいの星屑くずで、銀河が乳色にけむっている。

典子はしばらくうっとりと、美しい星空をながめていたが、やがてその眼を私に向けると、

「お兄さま」

と、小さい声でいった。

「なあに」

「あたしねえ。さっきお兄さまのことを考えていたのよ」

私はびっくりして典子の顔を見直した。典子はしかし、べつに大して恥ずかしそうな色もなく、ただ、無邪気に、

「あたしねえ、もう、ほんとに寂しくて寂しくてたまらなかったのよ。なんだかこの世でひとりぼっちになったような気がして、しまいにはホロホロ泣けてきたの。ええ、泣けて泣けてしかたがなかったのよ。馬鹿ねえ、どうしてあんな気持ちになったのかしら、自分でもわからなかったんだけど……すると、ふいにどういうわけかお兄さまのことが思い出されてきたのよ。ええ、お兄さまにはじめてお眼にかかったときのことやなんか、いろいろと……すると、どうでしょう、急に胸が切なくなって、……ぎゅっと胸をしめつけられるような気がして……そして、いっそう泣けてくるのよ。それであたしたまらなくなったもんだから、さっきもお話ししたとおり、夢中でおうちをとび出したのよ。そして気ちがいみたいに步きまわっていたら、バッタリお兄さまに出会って……あたし、びっくりしたわ。心臓がドキドキしたわ。でも、とてもうれしくなって……ねえ、お兄さま。きっと神様が、あわれな典子のお願いをきいてくだすったのね」

典子の話をきいて私はかなり大きなショックを感じた。全身にビッショリ汗をかき、体じゅうが熱くなったり寒くなったりした。

ああ、これが愛情の告白でなくてなんであろうか。それでは典子は私を愛していたのか。

なにしろあまりだしぬけだったので、私はすっかり面めん食くらったかたちで、返す言葉もなく、ただまじまじと、典子の顔を見直していた。典子はしかし、別にはじらいの色もなく、まるで、グリムかアンデルセンのお伽噺とぎばなしに出てくる少女のように無邪気であった。少しもいやらしい感じではなく、むしろ反対に、素そ朴ぼくで可か憐れんであった。

しかし、それかといって、それに対して私はなんと答えることができようか。私の心のどこをさぐってみても、典子に対する愛情など微み塵じんもないのだ。いや、愛だの恋だのということは、もっとお互いに、理解しあって後のことではあるまいか。私はまだ典子という女性を、ほとんど知っていないのだ。

私はなんといってよいか返答に窮した。お座なりをいって相手を慰めることは、私の性質が許さなかったし、またこのような無邪気な女を欺くことは、許しがたい罪悪のように思われた。いきおい私はだまっているよりしかたがなかった。典子もまた、私の返事を期待していたわけでもないとみえて、自分のいうだけのことをいってしまうと、それで満足しているらしかった。そういう彼女の様子を見ると、自分がこれほど愛している以上相手も当然、愛してくれるものと、固く信じて疑わぬというふうにも見え、それがまた私を不安にした。

そこで私はできるだけ、この危険な話題から逃げ出さなければならなかったのだ。

「典子さん」

しばらくしてから、私のほうから呼びかけた。

「なあに」

「きみはこっちへ疎開してくるまで、東京でお兄さんといっしょに住んでいたんだろう」

「ええ、そうよ、どうして?」

「東京のおうちへ美也子さん、よくやってきた?」

「美也子さま? そうね、ときどき。たいていはお兄さんのほうから出かけていったのよ」

「美也子さんと慎太郎さんとは、結婚することになっていたんだって?」

「ええ、そんなうわさがあるわね。ひょっとするとお兄さんも、美也子さんもその気だったのかもしれないわ。もし、戦争があんなことにならなかったら……」

「美也子さんはいまでもときどき遊びにくる?」

「いいえ、ちかごろちっとも……そうね、はじめのうち二、三度いらしたけれど、お兄さんが逃げてるもんですから……」

「慎太郎さんが逃げてるんだって、どうしてだろう」

「どうしてだか知らないわ。ひょっとすると、美也子さんはお金持ちだのに、お兄さんは貧乏になったからかもしれないわ。お兄さんはあれでとても気位が高いのよ。ひとから哀れみをうけたり、お情けをかけられたりするの大きらいなのよ」

典子のこたえには少しも渋滞するところがなかった。おそらく彼女は、私がなぜこんな質問を切り出すのか、考えようともしなかったであろう。それを思うと、私はなんとなくうしろめたい感じだったが、しかしやっぱり突き止められるところまで突き止めておきたかったのだ。

「それじゃどうだろう、慎太郎さんさえ承知すれば、美也子さんはいまでも結婚するつもりかしら」

「さあ……」

典子は無邪気に首をかしげた。そうしてかしげているところをみると、びっくりするほど長い首だが、それは必ずしも悪いかたちではなく、反対に、どこかなまめかしいところさえあった。

「あたしにはわからないわ。あたし馬鹿だから、とてもひとの心なんかわからないわ。それに美也子さんは、あんな複雑な性格のかたなんですもの」

私は驚いて典子の顔を見直した。姉の春代も美也子に対して、よい感じを持っていないらしいことを、私は今日はじめて知ったのだが、典子もやっぱりそうかしら。人は見かけによらぬもの……姉の春代は美也子のことをそういったが、典子も同じようなことをいう。姉の場合は、一種の嫉しっ妬とみたいなものが、まじっていないとはいえないが、無邪気な典子に、そんな下心があろうとは思えない。してみると同性の眼から見た美也子はそんなかげのある女なのだろうか、私にはただ、お侠きゃんな、姐あね御ご気取りの女としか見えないのに。

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