地底の牢獄
さすがの名探偵助手小林少年も、賊の手下が家具屋にばけてくるなどとは、少しも考えていなかったものですから、ついゆだんして、思わぬ失敗をしてしまいました。
長イスにとじこめられて、さけぼうにも、さるぐつわのために、息もできないほどですし、あばれようにも、手足にくい入るなわのいたさに、身動きさえできないのです。
みすみす、書生や女中の前を、はこびだされながら、「ここにぼくがいるんだ。」ということを、外へ知らせることができません。小林君は、まっくらなイスのなかで、どんなに、ざんねんがったことでしょう。
長イスが邸をはこびだされたのも、それからトラックにつまれて、どこかへ走りだしたのも、小林君にはよくわかっていました。
「いよいよぼくは、賊のかくれがへつれていかれるのだ。賊は、ぼくを不二夫君だと思いこんでいるので、ぼくを人質にして、宮瀬さんにあとの半分の暗号をよこせと、談判するつもりにちがいない。」
小林君は明智探偵から、そういう事情を、すっかり聞かされて、よく知っていたのです。いや、そればかりか、もし賊にかどわかされるようなことがあったら、あくまで不二夫君になりすまして、あべこべに賊の秘密をさぐり、あわよくば、ぬすまれた半分の暗号を取りもどすようにと、教えられていたのです。
「フフン、おもしろくなってきたぞ。こんなときこそ、うんと頭をはたらかせて、先生にほめられるようなてがらをたてなくっちゃ。さあ、小林助手、心をおちつけるんだ。びくびくするんじゃないぞ。賊の手下が何人いようとも、ちっともこわいことなんかありゃしない。ぼくには明智先生が、ちゃんとついていてくださるんだから。いざといえば、きっと先生がたすけにきてくださるんだから。」
小林君は、はげしくゆれるトラックの上でそんなことを考えながら、賊のかくれがにつくのを、今やおそしと待ちかまえていました。こんなひどいめにあっても、少しも気をおとさないのは、さすがに名助手といわれる小林少年です。
トラックは、三十分あまりも、全速力で、どこかへ走っていましたが、やがて、ぴったりとまったかと思うと、長イスがおろされて、どこかの家の中へはこびこまれるようすでした。
「いよいよ来たんだな。」
と思いながら、目をふさいで、じっと考えていますと、長イスはゴトゴトと階段をはこばれているらしいのですが、みょうなことに、それが上へのぼるのでなくて、下へ下へとくだっているのです。
「おや、地下室へおりていくんだな。」
地底の穴ぐらへつれこまれるのかと思うと、いくらかくごしていても、なんだか、うすきみ悪くなってきます。
階段をおりて、少し行ったところで、ガタンと長イスがおろされ、やっとクッションが取りのけられ、小林君は手あらくイスの中から引きだされました。
長いあいだくらいところに入れられていたので、パッと目をいる光が、まぶしいほどでしたが、よく見れば、昼間だというのに、それは電灯の光なのです。やっぱり、どこともしれぬ地の底の、陰気な部屋だったのです。
「さあ、小僧、少しらくにしてやるぞ。ここなら、いくら泣いたって、わめいたって、人に聞かれる心配はないからな。」
ふたりの荒らくれ男は、そんなことをいいながら、小林君のさるぐつわを取り、からだじゅうのなわをといて、ただ、うしろ手にしばるだけにしてくれました。そして、そのなわじりをとって、
「こっちへくるんだ。首領が、おまえのかわいらしい顔が見たいといって、お待ちかねだからね。」
と、地下室の廊下のようなところを、ぐんぐん奥へ引っぱっていくのです。
いよいよ悪者の首領にあうのかと思うと、小林君はさすがに胸がドキドキしてきましたが、ぐっと心をおちつけて、敵に弱みを見せないように、わざと肩をいからせながら、平気な顔をして歩いていきました。
「さあ、こっちへはいるんだ。」
がんじょうなドアをひらいて、つれこまれたのは、二十畳じきほどの広い地下室で、壁も床もねずみ色のコンクリートでしたが、そこにおいてある机やイスなどは、目をおどろかすばかり、りっぱなものです。さすがに首領の居間だとうなずかれるのでした。
部屋の正面には、大きな安楽イスがあって、そこにきみょうな人物が、ゆったりと腰かけていました。黒ビロードのルパシカというロシア人の着るような上着を着て、黒いズボンをはいて、黒ビロードの袋のようなものを、頭からあごの下まですっぽりとかぶって、顔をかくしているのです。
その黒ビロードの袋の、両方の目のところに、三角の小さな穴があいていて、その奥からするどい目が、ぎろぎろと光っているのですが、ちょっと見るとまっ黒な顔のおばけみたいな感じです。
あとでわかったのですが、この悪者の首領は、ひじょうに用心ぶかいやつで、自分の部下のものにさえ、一度も顔を見せたことがないのだそうです。人にあうときは、かならずそのみょうな黒ビロードの覆面をつけることにしているのだそうです。
ふたりのあらくれ男は、まずその首領にていねいにおじぎをして、
「宮瀬不二夫をつれてきました。」
といいながら、小林君をそこへすわらせました。
「うん、ごくろうだった。長イスの手品が、うまくいったとみえるね。ははは……。」
黒覆面の首領は、さもゆかいらしく、若々しい元気な声で笑いましたが、こんどは小林少年を見おろしながら、思ったよりやさしい口調で、
「不二夫君、気のどくだったね。おどろいただろう。だが心配しなくてもいい。べつに、きみをどうしようというのじゃない。ただ、しばらくこの地下室にいてもらえばいいんだ。きみのおとうさんに少し相談があるのでね。おとうさんが『うん』といってくだされば、いつでもきみは家へ帰れるんだ。わかったかね。ははは……、きみはきょうから、ぼくのだいじなお客さまというわけだよ。ハハハハ……。」