やみの階段
「ああ、よくねむった。これなら仕事ができそうだぞ。賊のやつら、今に見るがいい。」
小林君はそんなことをつぶやいて、にっこり笑いながら、きたないわらのベッドから、起きあがりました。
そして、ポケットから、なにか銀色の針金のようなものを取りだして、牢の鉄ごうしの開き戸に近づいていきました。
その開き戸には大きな錠がついていて、かぎがなくては開くことができないようになっています。
「ふふん、こんな錠なんか、なんでもないや。ぼくは明智先生の発明された、万能かぎを持っているんだからね。」
小林君は、こうしのあいだから手を出して、銀色の針金のようなものを、錠のかぎ穴に入れて、しばらくコチコチやっていました。すると、これはどうでしょう。あのがんじょうな錠まえがカチンと音をたててあいてしまったではありませんか。
万能かぎというのは、その針金のようなものが一本あれば、どんなかぎ穴にでもあてはまるというおそろしい力を持っているのです。
明智探偵は、いつのまにか、こんなふしぎな道具を発明していました。でも、もし、どろぼうなどが、この万能かぎの作り方を知ってはたいへんだというので、そのかぎは、どんなしたしい人にも見せない、明智探偵と小林君だけの秘密になっているのでした。
さて、なんなく、牢をぬけだした小林君は、開き戸をもとのとおりにしめておいて、うすぐらい廊下を、賊の部屋と思われるほうへ、足音をしのばせて、進んでいきました。
「覆面の首領がいた部屋は、たしかこっちのほうだった。」
と考え考え、廊下を歩いていきますと、一つのドアの前に出ました。立ちどまって、耳をすませていますと、中から大きないびきの音が聞こえてきました。
「ああ、この部屋には、手下のやつらが寝ているんだな。」
昼間、あんなにいばっていたやつが、正体もなく寝こんでいるかと思うと、おかしくなって、ちょっと、その寝顔をのぞいてやりたくなりました。
ドアのとってをそっとねじってみると、かぎをかけてないとみえて、わけもなく開きましたので、そこから顔を出してのぞいてみますと、部屋の中には五つのベッドがならんでいて、五人の大男が、前後もしらず寝こんでいました。
いちばん大きないびきをかいているのは、昼間、小林君を牢にとじこめて、外からみょうな顔をして見せてからかった男でした。口をとんがらかして、息をするたびに、ふうふうとほおをふくらましています。
小林君はそれを見て、思わずふきだしそうになりました。
ねむっている手下の男などを、いくら見ていてもしかたがありません。めざすのは賊の首領の部屋です。ぐずぐずしているときではないと、ドアをしめようとしましたが、ふと見ますと、入り口に近いたなの上に、丸型の懐中電灯がおいてあります。
「ああ、いいものがあった。これをしばらく借りていこう。」
小林君は、そっとその懐中電灯を取って、ドアをしめました。探偵七つ道具の一つの、万年筆型の懐中電灯は、ちゃんと、ポケットに用意していたのですが、それよりも大型の懐中電灯が手にはいれば、いっそう、つごうがよいからです。
それからまた、廊下を進んでいきますと、二つのあき部屋を通りすぎて、そのむこうに、見おぼえのある首領の部屋がありました。
ここもドアにかぎがかかっていないで、やすやすと中にはいることができましたが、ここは電灯が消してあって、まっくらなのです。
入り口にうずくまって、息をころして、じっとようすをうかがっていましたが、広い部屋の中はひっそりとして、まるで死んだように、なんの物音もありません。
人がいれば、たとえ寝ていても、息づかいの音が、するはずですが、それも聞こえないところをみますと、ここはだれもいないのかもしれません。
小林君は思いきって、パッと懐中電灯をつけて、大急ぎでグルッと部屋中をてらしてみました。
やっぱり、部屋はからっぽです。賊の首領はいったいどこへ行ったのでしょう。しかし、考えてみますと、この部屋にはベッドもないのですから、ここで寝るわけにはいきません。きっと首領の寝室は、もっと別のところにあるのでしょう。
だれもいないとわかると、小林君は大胆になって、懐中電灯をてらしながら、部屋中を歩きまわって、れいの暗号文のしまってあるような場所はないかと、じゅうぶんしらべましたが、そういう場所はどこにもないのです。引きだしのないテーブルとイスのほかには、なにもないのです。
ところが、そうして、部屋の中をぐるぐるまわり歩いているうちに、とつぜん、みょうなことが起こりました。小林君はびっくりして、もう少しで、アッと大きな声をたてるところでした。
そのとき、小林君は右手で懐中電灯を持ち、左手で壁をなでながら歩いていたのですが、その壁の一部分がゆらゆらと動きだして、アッと思うまに、そこに大きな穴があいてしまったのです。
小林君は、はずみをくって、その穴の中へよろけこみましたが、グッとふみこたえて、よくしらべてみますと、それはとなりの部屋へ通じるかくし戸だったのです。壁と同じ色にぬって、少しも見わけがつかないようになっているドアだったのです。
どこかに、その秘密のドアをあける、しかけのボタンがあって、小林君の左手が、そのボタンにあたったのかもしれません。思いもよらず秘密の入り口を発見してしまったのです。
しかし、もしその秘密の部屋に、人がいたらたいへんですから、小林君はびくびくして、懐中電灯をさしつけてみましたが、さいわい、そこにはだれもいないことがわかりました。
そこは五メートル四方ぐらいの小さな部屋で、一方のすみに、りっぱなベッドがおいてあるところからみますと、ここが賊の首領の寝室にちがいありません。でも、そのベッドの上は、からっぽなのです。
やっぱり、首領はどこかへ出かけてるすなのでしょうか。でも、るすとすればちょうどさいわいです。そのあいだに、この部屋の中もしらべることができるからです。ここには大きな西洋だんすなどもあって、暗号文がかくしてありそうな気がします。
ベッドの反対の壁ぎわに、りっぱなほりもののある西洋だんすが立っています。小林君は、まずその引きだしをかたっぱしから、しらべました。かぎのかかっている引きだしは、れいの万能かぎで、苦もなく開いて、のこらず中のものをしらべましたが、暗号文らしいものは、どこにも見あたりませんでした。
その大だんすのいちばん下は、高さ八十センチほどの、左右に開くとびらになっているのですが、小林君は最後に、そのとびらを開いて中をのぞいてみました。
すると、ふしぎなことに、その中には何もはいっていないのです。その中は人間ひとり、らくにはいれるほど広いのですが、それが、まったくからっぽなのです。
「へんだぞ。ほかの引きだしには、みな何かしらはいっているのに、この広い場所に何も入れないなんて、おかしいぞ。」
小林君は思わず小首をかしげました。さすがに名探偵の助手だけあって、少しでもへんだと思えばあくまでしらべてみないでは、気がすまないのです。
そこで、その開き戸の中へはいこんで、懐中電灯で奥のほうをしらべましたが、よく見ますと、その奥の板が、しっかりたんすについていないで、少し動くような気がするのです。
「いよいよへんだぞ。もしかしたら、ここからまた、どっかへ秘密の通路がこしらえてあるのかもしれないぞ。」
小林君は胸をドキドキさせながら、なおもそのへんをよくしらべますと、右がわの板のすみに、小さなボタンのようなものが、出ばっているのに気づきました。
「あ、これかもしれない。これをおせば、うしろの板が開くのかもしれない。」
思いきって、そのボタンをギュッとおしてみました。
すると、ああ、やっぱりそうだったのです。うしろの板がスウッと下へさがっていって、そのむこうに、広いすきまができました。外から見たのでは、たんすのうしろは、すぐ壁になっているのですが、その壁をくりぬいて、せまい通路がこしらえてあったのです。
見ると、そのせまいすきまに、鉄のはしごのようなものが立っています。
「おやおや、それじゃこの通路は上へのぼるようになっているんだな。きっと地下室から、この上にある建物の中へ、行けるようになっているんだ。よし、ひとつこのはしごをのぼってみよう。」
小林君は、せまい、まっくらなすきまへ身を入れて、まっすぐに立っている鉄ばしごをのぼりはじめました。
用心のために、懐中電灯は消してしまいましたので、まるで鉱山の穴の中にいるような気持ちです。
ああ、このはしごの上には、いったい何があるのでしょう。小林君はもしかしたら、思いもよらぬおそろしいめにあうのではないでしょうか。