「祖父江さん、本当にこんな記号を書いた紙が落ちていたのですか。全くこの通りの記号でしたか、思い違いではないでしょうね」
 園田氏は驚きを隠すことが出来なかった。
 彼はこの記号について、何事かを知っているのだ。
「エエ、間違いはない積りです。ですが、あなたは、それに見覚えでもあるのですか」
「待って下さい。そして、その紙切れはどんなものでした。紙質や大きさは」
「丁度端書位の長方形で、厚い洋紙でした。警察の人は上質紙だと云っていました」
 園田氏の眼鏡の中のふくれた眼球が、一層ふくれ上って来る様に見えた。青い顔が一層青ざめて行く様に見えた。
「どうしたんです。この記号の意味がお分りなんですか」
 僕は詰めよらないではいられなかった。
「実は知っているんです。一目見て分る程、よく知っているんです」
 彼は正直に打開けてしまった。
「フン、そいつは、耳よりな、話ですね。ドレ、僕にも、見せてくれ給え」
 熊浦氏も自席から立って来て、手帳を受取ると、記号の頁を眺めていたが、
「こりゃ、わしには、サッパリ、分らん。だが、園田君、この記号を、知って、いるからには、君は、犯人が、誰だと、いうことも、見当が、つくのだろうね」
 と、まるで裁判官の様な調子で尋ねる。
「イヤ、それは、そういう訳じゃないのです」
 園田氏は、非常にドギマギして、救いを求める様に、キョロキョロと三人の顔を見比べながら、
「仮令、僕に犯人の見当がつくとしても、それは云えません。……少し考えさせて下さい。僕の思い違いかも知れません。多分思い違いでしょう。……そうでないとすると、実に恐ろしい事なんだから。……」
 彼は青ざめた顔に、ブツブツと汗の玉を浮べて、乾いた脣を舐めながら、途切れ途切れに云うのだ。
「ここでは、云えないのですか」
「エエ、ここでは、どうしても、云えないのです」
「さしさわりが、あるのですか」
「エエ、イヤ、そういう訳でもないのですが、兎も角、もう少し考えさせて下さい。いくらお尋ねになっても、今夜は云えません」
 園田氏は、三人の顔を、盗み見る様にしながら、頑強に云い張った。
 結局僕達は、記号の秘密を聞出すことが出来ないまま、黒川邸を辞することになった。先生は会員を見送る為に玄関まで出ていらしったが、その心配にやつれたお顔を見ると、誰も殺人事件のことなど話し出す気になれなかった。奥さんは、気分が悪いといって寝んでいるから、失礼するとのことであった。
 その帰り途、熊浦氏は程遠からぬ自宅へ、僕は省線の停車場へと別れる時、この奇妙な妖怪学者が、ソッと僕に囁いた一言は、俄かにその意味を捉えることは出来なかったけれど、実に異様な印象を与えた。
「ね、祖父江君、君に、いい事を、教えてやろうか。黒川君の、奥さんはね、娘の時分に、着たのだと、云って、箪笥の、底にね、紫矢絣の着物を、持って、いるのだよ。僕は、ずっと前に、それを、見たことが、あるんだよ」
 熊浦氏はそう云ったかと思うと、僕が何を尋ねるひまもない内に、サッサと、向うの闇の中へ消えて行ってしまったのだ。
 以上が九月二十七日の夜の出来事のあらましだ。僕はこういう小説体の文章には不慣れだし、今日は何となく疲れているので、粗雑な点が多かったと思う。判読して下さい。
 第三信は引続いて、明日にも書きつぐつもりだ。
十月二十二日
祖父江生
岩井大兄
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