顔の動かない男
デパートの洋服売り場の人形にばけて、宝石をぬすんだ怪人は、店員におわれて、こんどはデパートの支配人にばけ、店員たちをごまかして、そのまま、おおぜいのお客さんにまぎれこんで、デパートから、にげだしてしまいました。
新聞はこの事件を、「人形怪盗あらわる」という見出しで、でかでかと書きたて、東京じゅうのひょうばんになりました。
それから三日めの夕方近いころです。少年探偵団の井上一郎少年とポケット小僧が、ちょっと用事があって、練馬区のはずれのさびしい町をあるいていました。
少年探偵団というのは、名探偵明智小五郎の少年助手の小林君が団長となって、小学校の上級生や中学生でつくっている少年探偵の組合で、これまでにも、明智探偵をたすけて、たくさんのてがらをたてているのです。
井上君とポケット小僧は、その少年探偵団のなかでも、よく知られている団員でした。井上君は中学一年ですが、おとうさんが、まえに拳闘の選手だったので、おとうさんにならって、拳闘ができるのです。それに、少年探偵団では、いちばん力の強い少年です。
ポケット小僧は、年は小学校五年生ぐらいです。しかし、おそろしく小さなからだで、幼稚園の子どものように見えます。ポケットへはいるほど小さいというので、ポケット小僧というあだ名をつけられていました。
でも、このポケット君は、たいへんかしこくて、すばしっこいのです。おとなをびっくりさせるような、はたらきをすることがあります。
ふたりは、むろん、人形怪人の事件をしっていましたので、町をあるきながら、むちゅうになって、その話をしていました。
「あいつ変装の名人だね。だが、明智先生にはかなわないよ。先生はなににだって、ばけられるんだからな。それに、小林団長だって、変装はうまいよ。女の子にばけたときなんか、まるでわからないんだもの」
ポケット小僧が、とくいらしく言いました。
「だが、デパートの人形にばけるなんて、おそろしいやつだよ。そして、たくさんの宝石をぬすんで、にげちゃったんだからな。もし、そいつにでくわしたら、ぼく、このうでをふるってやるんだがなあ」
井上君は、うでをなでながら、言うのでした。ふたりは、背の高さが、おとなと子どもほどちがいましたが、たいへんなかがいいのです。
そこは、人どおりの少ない、さびしい町でした。ふと気がつくと、むこうから、ひとりのみょうな男が、あるいてくるのです。
グレー(灰色)のせびろをきて、同じ色のソフトをかぶって、まっすぐ前をむいて、わきめもふらず、あるいてくるのですが、そのようすがなんだか、へんでした。ふたりは、すれちがってしまうまで、その男をみつめていました。
「あいつ、へんだぜ。顔がちっとも動かなかったよ。目も動かなかったよ」
ポケット小僧がささやきますと、井上君もうなずいて、
「まるで、人形の顔みたいだったね」
と言ってから、はっとしたように、立ちどまりました。
「ねえ、井上さん、ひょっとしたら、あいつ人形怪人じゃないだろうか」
「うん。しかし、町をあるくときに、人形にばけているのは、へんだね」
「なにか、わけがあるのかもしれないよ。ねえ、あいつを、尾行してみようじゃないか」
「うん、そうしよう」
ふたりは、こっそり、あやしい男のあとをつけました。少年探偵団員は、いつも尾行の練習をしているので、みんな尾行がうまいのです。めったに、相手に気づかれるようなことはありません。顔の動かない男は、しばらくあるくと、そこにある小公園へ、はいっていきました。
もう夕方なので、公園の中はがらんとして、人かげもありません。たったひとり女の子がベンチにこしかけて、本を読んでいました。小学校三年ぐらいの、かわいい女の子です。本にむちゅうになって、だれもいなくなったのに、気がつかないのかもしれません。
あやしい男は、その少女を見つけると、ベンチのほうへ、ちかづいていきました。
ふたりの少年は、木のかげにかくれて、じっと、そのようすを見つめています。
顔の動かない男は、いったい、なにをしようというのでしょう。