電話の声
こちらは、井上少年とポケット小僧です。
ふたりは、やっとへびの部屋からのがれて、さらに、おくのほうへ、すすんでいきました。ほんとうは、もときたほうへ、にげ出したいのですが、はいってきたドアは、みんなひとりでに、しまってしまってどうしてもひらかないので、おくへすすむほかに、みちはないのでした。へびの部屋から小さいドアをあけて、そとへ出ますと、そこはトンネルのような、せまい通路になっていました。
まっくらです。ふたりは懐中電燈をてらして、すすんでいきました。十メートルもいきますと、上へのぼる、せまい階段があります。地下道から一階へあがる階段でしょう。すると、ここはもう、どこかのやしきの、建てものの下なのかもしれません。
階段をあがると、頭の上を、板戸のようなものが、ふさいでいましたが、さわってみると、よこにすべるようになっていることがわかりました。ここにもかぎはかかっていないのです。
ふたりは懐中電燈をけして、板戸をよこにひらくと、上の部屋に出ました。
うすぐらい、ろうかのようなところです。まどには、あついカーテンがしまっていますが、まだ夕方なので、どこからか、ひかりがもれてくるのでしょう。ふたりは、足おとをたてないように、あるいていきました。
すると、どこかから、人の声がきこえてくるではありませんか。その声のほうへいくと、ドアがありました。その、ドアの中のへやで、だれかがしゃべっているのです。
「あなたは野村さんですね。おじょうさんのみち子ちゃんは、おあずかりしています。いや、けっして、手あらなことはしません。だいじにしますよ。ぼくは、人を殺したり、きずつけたりすることは、だいきらいなのです。かならずおかえしします。そのときは、みち子ちゃんは、今よりげんきになっているでしょう。
しかし、ただはおかえししませんよ。おたくのたからものと、ひきかえです。えっ? そらっとぼけても、だめですよ。ぼくはちゃんと知っているのです。
あなたが二十年まえに、フランスの美術商からお買いになった、ヨーロッパのある国の王妃の宝冠です。
あれには、あらゆる宝石がちりばめてありますが、ルビーがいちばん多いので、くれないの宝冠とよばれていますね。あれをちょうだいしたいのですよ。いくらたからものでも、みち子ちゃんには、かえられないでしょう。
きょうから三日め、十七日ですね、その十七日のよるの十時に、あの宝冠を箱に入れたまま、みち子ちゃんのあそんでいた小公園の、東のすみの石のベンチの上にのせておいてください。わかりましたか。小公園の石のベンチの上に、よるの十時までにですよ。そうすれば、宝冠をちょうだいしたあとで、すぐに、みち子ちゃんを、おたくのげんかんへおとどけしますよ。
では、おやくそくしましたよ。十七日の十時をのがしてしまうと、みち子ちゃんは、永久にかえらないかもしれません。あなたは、だいじなおじょうさんを、なくしてしまうのです。わかりましたね」
やっぱりそうです。人形のかおをした怪人が、電話をかけている声でした。みち子ちゃんを、人じちにして、野村さんのたからものを、手にいれようとしているのです。
井上少年とポケット小僧は、ドアのまえに立ちすくんでいました。どうすればいいのか、きゅうには、決心がつかなかったからです。すると、へやの中から、みょうなわらい声がきこえてきました。
「ははははは……おい、そこのこどもたち、そんなところに、まごまごしていないで、ドアをあけて、はいったらどうだ。かぎはかかっていないよ。ひとりはポケット小僧とかいうチンピラだな。きみのことはきいているよ。なかなかすばしっこいそうだな。まあ、こっちへ、はいるがいい」
それをきくと、ふたりはかおを見あわせましたが、もうこうなったら、あいての言うままになるほかはありません。ふたりは、だいたんにも、ドアをサッとひらいて中へはいっていきました。