小林少年のてがら
それをきいて、みんなは、びっくりしてしまいました。助造じいさんは、園田さんの家につかわれている庭ばんです。しかも、園田さんの命令で、床下に、箱をうずめたのは、ほかでもない、この助造じいさんだったではありませんか。
園田さんは、ふしぎそうに、小林少年の顔をながめて、たずねました。
「小林君、きみのいうことは、よくわからないね。このじいさんが盗むなんて、そんなことはできるはずがないよ。なぜといって、箱をうずめるときには、ちゃんと、わたしが見はっていたのだし、それから、今夜まで、じいさんは、一ども、この部屋にはいったことがない。わたしが、ずっと、ここにいたのだから、あやしいことがあれば、すぐわかるはずだ。小林君は、なんの証拠があって、そんなことをいうのだね?」
「証拠は、箱の中がからっぽになっていたことです。からっぽになっていたとすれば、だれかが盗んだと、考えるほかはありません。そうすると、あれを盗みだせる人は、じいさんのほかにないからです。」
小林君が、自信ありげに、答えました。
「それは、いつ? どうして?」
「今夜です。黄金豹は、今夜十時に、盗みだすと、約束しました。それをちゃんと、実行したのです。」
「すると、この助造と、黄金豹と、関係があるとでも、いうのかね。」
そこにいた巡査部長が、たまりかねて、口をはさみました。
「そうです。関係があるのです。ひょっとしたら、このじいさんが、黄金豹をかっていて、自由につかっているのかもしれません。」
小林少年は、いよいよ、ふしぎなことを、いいだすのです。みんなは、だまって、この有名な少年探偵の顔を見つめました。
「いつか、黄金豹が銀座の美術商にあらわれたとき、豹はみんなに追われて、築地のネコじいさんのうちへ逃げこみましたね。ここにいるじいさんは、あのネコじいさんとも、ふかい関係があるかもしれませんよ。」
小林君は、そういって、そこに立ちはだかっている助造じいさんの顔を、じろじろ、ながめました。
「うん、あのネコじいさんなら、警察でも、目をつけている。だが、助造じいさんと、ネコじいさんと、いったい、どういう関係があると、いうのだね。」
巡査部長が、しんけんな顔で、たずねました。小林君のいうことが、しっかりしているので、すっかり、感心してしまったのです。
「じゃあ、ネコじいさんのうちを、しらべてみてください。ひょっとしたら、あのじいさんは、長いあいだ、うちへ帰っていないかもしれませんよ。」
「うん、それは、わけのないことだ。築地警察署へ電話をして、ちょっと、たしかめてもらえば、わかることだ。では、ぼくが電話をかけてみよう。」
巡査部長は、そういって、卓上電話のところへいき、築地警察をよびだして、しばらく話をしていました。
そのあいだに、大さわぎが、おこったのです。助造じいさんが、そっと、部屋を逃げだそうとしたからです。
「アッ、あいつを、つかまえてください。あいつが犯人です。逃がしてはたいへんです!」
小林君が、びっくりするような声で、叫びました。
それをきくと、さっきから、腕をむずむずさせていた警官たちが、いきなり、じいさんにとびかかっていって、そのばに、ひきすえてしまいました。四人の警官にかこまれては、いくら、じいさんがすばしこくっても、どうすることもできません。
そのとき、電話の話をおわった巡査部長が、だれにともなく、いいました。
「やっぱり、あやしい。築地署でも、ネコじいさんのことは、注意していたそうですが、六日まえから、一ども、あのうちへ、帰らないというのです。るすばんのばあさんが、ネコのせわをしているそうですが、そのばあさんは、ネコじいさんの、いくさきを、まったく、しらないということです。」
そうするとネコじいさんは、助造じいさんに化けて、園田家にすみこんでいたのではないでしょうか。
「園田さん。この助造というじいさんは、いつおやといになったのですか。」
巡査部長が、たずねました。
「六日といえば、やっぱり、このじいやを、やとったのが、六日まえですよ。」
園田さんは、こまったような顔をしていうのでした。
「ふうん、たった六日まえに、やとったじいさんを、どうして、そんなに、信用されたのですか。」
巡査部長は、いかにも、ふにおちないという顔つきで、なじるようにたずねます。
「それは、こういうわけですよ。まえにいた庭ばんのじいやが、くにへ帰ることになって、友だちの助造じいやを、せわしてくれたのですが、助造は、わたしのごくしたしい友だちのうちに、ながく、つとめていたことがあるといって、その友だちからも口ぞえがあったものですから、わたしも、すっかり、信用していたのです。」
「で、助造が、おたくへきてから、そのお友だちが、こられたことがありますか。そして、助造と顔をあわせたことがありますか?」
「それはありません。わたしは、そとでその友だちと、あっていますが、助造をやとってから、ここへきたことはありません。」
「それじゃ、お友だちのやとっておられた助造と、この助造とは、べつの人間かもしれませんね。こいつは、そのお友だちのところにいた、助造というじいさんをしっていて、助造になりすまして、おたくへ、はいりこんだのかもしれませんよ。むろん、まえにいた庭ばんのじいさんも、うまくだまされたのでしょう。」
「そうかもしれません。なににしても助造は、げんに、いま逃げだそうとしたのですから、あやしいやつにちがいありません。しかし、わたしは、まだわからないのですが、助造が盗んだにしても、いったい、いつ盗んだのでしょう。そして、盗んだものを、どこへかくしたのでしょう。そこが、どうにも、まだ、ふにおちないのですよ。」
園田さんは、いかにも、ふしぎそうにいうのでした。
しかし、それは巡査部長にも、わかりません。残念ながら、こどもの小林君に、ときあかしてもらうほかはないのです。
園田さんも、巡査部長も、じっと小林少年の顔を見つめました。
「約束のとおり、午後十時に、つまり、いまから二十分ほどまえに、盗んだのです。」
小林君が、すました顔で答えました。
「こんなに大ぜいの見ているまえでかね。」
「そうです。園田のおじさんが、助造さんに盗めといわぬばかりの命令を、くだされたからです。」
「エッ、なんだって? わたしが、命令をしたって?」
園田さんが、びっくりして、ききかえしました。
「じゃあ、見ててごらんなさい。ぼくが、いま、盗まれた宝物を、とりだしてみせますから。」
小林少年は、そういったかとおもうと、いきなり、たたみのあげてある、床下にとびおりました。そして、地面をあちこちとさぐっていましたが、
「アッ、ここだ!」
と叫んで、両手で土をほり、そこから、ビニールのふろしきにつつんだ四角なものをとりだして、みんなに見せました。そしてそのふろしきをとくと、なかから、ピカピカ光った銀のおりと、金むくの豹が、あらわれたではありませんか。
「アッ、そんなところに、どうして……。」
園田さんが、おもわず、おどろきの声をたてました。
「助造じいさんが手品をつかったのです。さっきおじさんが、じいさんに、箱をほりだせと、命令されましたね。じいさんは、それを待っていたのです。さっそくシャベルをもってきて、床下におりました。そして、うつむいて土をほり、箱をとりだしました。そのとき、ほった穴のなかは、じいさんのからだでかくされて、みんなには見えなかったのです。
じいさんは、その穴の底で、手ばやく箱をひらき、ビニールづつみをとりだして、一メートルほど横の地面に、あさくうずめてしまったのです。むろん、あとになって、そっと、とりだすつもりです。……それから、からになった、箱のふたを手でおさえつけて、釘をもとの穴にさしこみ、それを上に持ちあげて、もう一ど、ふたをひらいて見せたのです。
床下は、かげがおおくて、暗いところがあるし、じいさんの大きなからだで、かくされているので、そういう手品をやったのが、だれにも見えなかったのです。
しかし、ぼくは見ていました。じいさんのせなかや腕が、妙な動きかたをするのを、見のがさなかったのです。なぜ、そんなに注意したか? それは、ぼくだけが、じいさんをうたがっていたからです。では、なぜ、うたがったのか。それは、明智先生のさしずがあったからです。
先生は、午後十時をすぎたら、きっと、だれかが、床下をほるだろう。そのとき、よく注意しているのだ。最初に、床下をほるやつが、あやしいのだからと、ぼくに教えてくださったのです。やっぱり明智先生はえらいなあ――。先生のいわれたとおりのことが、おこったのですからね。」
小林君は、鼻たかだかと、明智探偵の知恵をじまんするのでした。
しかし、ああ! そのとき……。