怪獣と密室
いくら捜しても、黄金豹を見つけることができませんので、警官たちも、あきらめて、引きあげました。ミドリ商会には、三人の警官が残って見はりをつづけましたし、このことを、東京じゅうの警察に知らせて、非常線がはられたのですが、なんのてごたえもないのでした。
小林少年も、残念ながら引きあげるほかはありません。
しかし、もう夜がふけていましたので、明智探偵事務所まで帰るのは、たいへんですから、園田さんのうちに、とまることになりました。
園田さんのうちには、会社の人などがとまっているので、部屋が、みんなふさがっていました。しかたがないので、園田さんの書斎の大きな長イスの上で、毛布をかぶって寝ることにしました。
みんなと、いっしょに、お夜食をごちそうになったあとで、その書斎にはいり、電灯を消し、洋服をぬいで、シャツのまま長イスに寝そべって、毛布をかぶりました。窓のカーテンには、明るい月の光がさしています。窓のそとがわに、鉄のこうしがとりつけてあります。そのこうしのかげが、黒いしまになって、くっきりと、うつっているのです。小林君は、さっきからの活動で、すっかり、つかれていましたので、ふかふかした長イスに横になったかとおもうと、もう、軽いいびきをかいていました。
ぐっすりと、二時間ほども眠ったとき、なにか、みょうなもの音がしたので、ふっと目をさましました。月はもう、かくれたと見えて、部屋のなかは、まっ暗です。
「なんだろう。人が歩いているような音がしたが、まさか泥坊じゃあるまいな。」
小林君は、そう思いました。すると、また、部屋のむこうのほうで、ごそごそと、なにかが動く音がするではありませんか。
「やっぱり、だれかが、いるんだ。ふいに電灯をつけて、おどろかしてやろう。」
小林君は、そっと、長イスからすべりおりて、足音をしのばせて、手さぐりで、スイッチのある壁のほうへ歩いていきました。そして、パチッと、スイッチをいれたのです。電灯がついて、書斎の中が、まぶしいほど明るくなりました。小林君はすばやく、部屋の中を見まわしました。
アッ、黄金豹です。あいつが、部屋のまんなかの大デスクのむこうに、こしかけて、こちらを、にらんでいたのです。
小林君は、あまりのことに、立ちすくんだまま、ものもいえません。
「ウヘヘヘ……、小林のちんぴら、よくも、おれをひどいめにあわせたな。おぼえていろ。きっと、このしかえしは、してやるぞ。」
黄金の怪獣は、二本の前足を、テーブルの上で組みあわせ、その上に首をのせるようにして、燐のような目を光らせながら、人間の声で、ものをいったのです。小林君がだまっていると、怪獣はまた、口をひらきました。
「だが、おれは、ここのうちの宝物なんかに、もう、みれんはない。一度やりそこなったものは、二度と、ねらわないのが、おれのしょうぶんだ。こんどは、もっと、でっかいことを、やってみせる。そして、きさまを、ひどいめにあわせてやる。おれは、そのことを、いいわたすために、わざわざ、もどってきたのだ。よくおぼえておくがいい。」
小林君は、怪獣がしゃべっているあいだに、相手にさとられぬように、じりじりと、あとずさりをしていました。そして、入口のドアまでくると、パッとむきをかえて、ドアをひらき、そとの廊下へとびだしました。そして、ばたんと、ドアをしめ、中からあけられないように、力をこめて、とってをにぎりしめたのです。窓には、鉄格子がはめてあります。出入り口は、このドア一つです。つまり、小林君は、怪獣を厳重な密室の中へ、とじこめてしまったのです。そして、大きな声で、うちの人たちを呼びたてました。その夜は、ふたりの書生のほかに、柔道のできる会社員が、ふたりもとまっていましたので、小林君の叫び声に目をさまし、すぐにそこへかけつけてきました。
「どうしたんだ? いまごろ。」
それは、夜なかの三時だったのです。
「この部屋に、黄金豹が……。」
「エッ、なんだって? 黄金豹は、ゆうべ、このうちから逃げだしていったばかりじゃないか。きみ、夢でも見たんだろう。」
まさか、あれほど追っかけられた豹が、またここへやってくるなんて、だれも、ほんとうとは思えないのでした。
「いいえ、夢じゃありません。たしかに、この部屋のなかにいるんです。しかも、そいつは、人間のことばでものをいいました。」
小林君が、いまのできごとを、くわしく話しますと、会社員のひとりが、
「よしッ、それじゃ、ピストルを持ってくるから、そのドアをおさえていたまえ。」
といって、かけだしていきましたが、じきに、ピストルをにぎって、もどってきました。
「よしッ、ドアをすこし開くんだ。ぼくが、そこから、ねらいをつけてしとめてやる。」
小林君が、ノッブをまわして、そっとドアを五センチほど開きました。会社員は、そこから部屋の中をのぞいていましたが、へんな顔をして、小林君をふりむきました。
「きみ、なにもいないじゃないか。いったい、どこにいるんだ?」
「人間のように、デスクのむこうのイスにかけて、こちらを見ていたんです。」
「デスクには、なんにもいないよ。ほら見てごらん。」
小林君がのぞいて見ますと、なるほど、もうそこには、豹のすがたは見えません。しかし、どこにも逃げ道はないのです。窓には鉄格子がはまっています。ドアは、このドアひとつきりです。小林君は、いちどもドアの前をはなれませんでした。ですから、この金色の怪獣は、まだ部屋の中にいるに、ちがいないのです。
「どっかに、かくれているのですよ。用心してくださいよ。」
「よしッ、ぼくがはいってみる。」
勇敢な会社員は、ピストルをかまえて、部屋の中へはいっていきました。そして、デスクの下や、本棚のすみを、あちこちと捜しましたが、どこにも豹のすがたはありません。
「なにもいないじゃないか。きみはやっぱり、夢を見たんだろう。」
「夢なもんですか。ぼくはたしかに、あいつを見たんです。そしてあいつが、人間のことばでしゃべるのを聞いたんです。」
小林君も部屋のなかにはいって、すみずみを、しらべてまわりました。しかし、そこにはネズミ一ぴき、いないのでした。
小林君は、あまりのふしぎさに、ぼんやり、つっ立っているばかりです。窓の鉄格子にも、なんの、異状もありません。窓やドアから出なかったことはたしかです。この部屋には、秘密のかくし戸なんか、ぜったいにありません。それなのに、豹のすがたが消えてしまったのです。
千年の豹が、またしても、魔法をつかったのでしょうか。しかし、このお話は怪談ではありません。どんなにふしぎな魔法のように見えても、それには、ちゃんと種があるのです。名探偵ならば、その種を見やぶることができるのです。
では、この厳重な密室から、消えうせた魔法の種は、いったい、どういうことだったのでしょうか。さすがの小林少年にも、それはわかりませんでした。明智先生の知恵を、借りるほかはないのかもしれません。
読者諸君は、おわかりですか。この秘密がとけるのは、もっとずっとあとです。それまでは、黄金豹が、どういうしかけで消えうせたか、ひとつ、考えてみてください。