空中曲芸
園田家と警察と、両方から集まった人たちが、お湯やの裏庭にひしめきあって、煙突の上をながめています。また、近所の人たちも、さわぎをききつけて、表へ出てきたので、そのへんは、たいへんなさわぎになりました。お湯やの三助さんや、町の青年たちは、ふろばの大屋根にのぼって、ワアワア、さわいでいます。
「よしッ、こんどこそ、ぼくたちで、うち殺してやる。」
園田さんの屋根で、豹をとり逃がした、ふたりの若い警官が、手に手にピストルをにぎって、煙突のはしごへ登っていきます。さっきの、かたきうちをするつもりでしょう。
それを見ると、下にいた人たちは、「ワーッ。」と、声をたてました。勇敢なふたりの警官を、ほめたたえているのです。
警官たちは、細いまっすぐの鉄ばしごを、ぐんぐん登っていきました。
煙突の頂上には、黄金豹がうずくまって、下を見おろしています。ふたりの警官は、かた手にピストルをかまえながら、怪獣めがけて、登っていくのです。そのふたりの黒いすがたが登るにつれて、だんだん小さくなっていきます。
ふたりは、もう七、八だんで、頂上というところまで登りつきました。ふたりの目には、怪獣が、ぐんぐん、大きく見えてきます。怪獣は、ものすごい顔でにらみつけているのです。いまにも、とびかかってきそうです。警官たちは、もし、とびかかってきたら、すぐ、ピストルをぶっぱなす、かくごでした。
そのときです。ギョッとするようなことが、おこりました。
金色のかたまりが、煙突の頂上から、パアッと、落ちてきたのです。ふたりの警官は、豹がじぶんたちに、とびかかってきたのだと思い、いきなりピストルを、ぶっぱなしました。しかし、ピストルの弾がとびだすころには、金色のかたまりは、もう警官の背中をとおりこして、ずっと下のほうに落ちていました。
黄金豹は、警官に追いつめられ、せっぱつまって、とびおりたのでしょうか。いくら怪獣でも、こんな高いところから落ちたら、大けがをするか、ヒョッとしたら、死んでしまうかもしれません。
下からは、「ワアッ。」という人ごえが、わきあがってきました。豹がとびおりたので、驚いた叫び声です。ふたりの警官は、おもわず下をながめました。煙突の下に集まっている人たちが、小さく見えています。しかし、そのへんに、豹が落ちたようすはありません。人々は、やっぱり、上のほうを見あげているではありませんか。警官たちは、キョロキョロと、足の下を見まわしました。
「オヤッ、あんなところに……。」
黄金豹は、煙突のなかほどの空中に、ふわふわと、ただよっていたのです。煙突からも、はしごからも、はなれた空中に、ただよっていたのです。
怪獣は空中に浮きあがる魔力を、もっているのでしょうか。いや、そうではありません。綱がついています。長い綱が、煙突の頂上に出っぱった鉄のわくにくくりつけてあり、そこから豹のからだまで、綱がついているのです。怪獣はその長い綱につかまって、するすると、すべりおりたのです。いったい、そんな綱が、どこにあったのでしょうか。それに、豹のような動物の足で、綱につかまることができるものでしょうか。しかし、千年のこうをへた魔もののことです。人間のように、綱につかまる力が、そなわっているかもしれません。
みるみる、その綱が、ぶらんこのように、左右にゆれはじめました。豹が綱にとりすがって、はずみをつけて、ふっているのです。綱のさがっているのは、はしごのはんたいがわで、しかも、煙突からははなれているので、警官がいくら手をのばしても、綱をつかむことはできません。ピストルの弾で、綱をきろうとして、二、三ぱつ、うちましたが、ゆれている細い綱ですから、うまくあたりません。
そのうちに、綱のゆれかたは、だんだん、大きくなってきました。豹が、一生けんめいに、はずみをつけているからです。
綱のさきの金色の怪獣は、サーッと、空中にまいあがったかとおもうと、恐ろしいいきおいで下へ落ちていき、こんどは、はんたいのほうの空中へ、高く高くまいあがるのです。ぶらんこよりはずっと長い綱ですから、そのゆれかたも、びっくりするほど、大きいのです。
恐ろしいけれども、じつに、美しいけしきでした。こうこうと、てりわたる月の光のなかを、キラキラ光る金のかたまりが、三十メートルほどの空中を、あっちへいったり、こっちへいったり、太い金のすじをひいてゆれているのです。大きな大きな時計の、金色のふりこが、大空いっぱいに、ゆれているのです。
ゆれながら、怪獣は、どこかに、けんとうをつけていたようです。そして、いちばん大きくゆれるころあいを見すまして、パッと綱をはなしました。すると、いきおいがついていたのですから、豹は、まるで大きな金色の弾丸のように、空中を、はるかむこうへとんでいきました。またしても、美しい金色の虹が、キラキラとかがやきました。
豹がとんでいったのは、町のおもて通りにある、三階だての雑貨商の屋上でした。それはコンクリートの洋館で、屋上はたいらな物ほし場になっているのです。怪獣はその屋上に、うまく、とびおりました。そして、穴のようになった下へおりる階段に、すがたを消してしまいました。
その雑貨商には、ミドリ商会という大きな看板が出ていました。それが、煙突に登っている警官にも、よくよめるのです。
「おもて通りの、雑貨屋だッ。ミドリ商会という店だッ。あいつは、いま、屋上から下へおりていった。はやく、あの店を、とりかこんでくれえ……。」
煙突の上の警官が、声をふりしぼって、下の人たちに叫びました。
お湯やから、ミドリ商会までは、五十メートルもありません。人々は、なだれをうって、そのほうへ、かけだしました。警官や園田家の人たちばかりでなく、おおぜいの町の人たちも、まじっているのです。
たちまち、ミドリ商会のまわりは、黒山の人だかりになりました。警官たちは、その人々をかきわけて、表と裏から雑貨商のなかへ、はいっていきました。そして、てんでにピストルをかまえて、一階、二階、三階と、うちのなかを、くまなく捜しまわったのです。
ミドリ商会の人たちは、豹が屋上にとびおりたときくと、寝ていたものもはねおきて、みんな一階へ集まっていました。ですから、二階、三階は、からっぽです。警官たちは、それを、すみからすみまで、捜しまわったのです。
しかし、ふしぎにも、黄金豹は、どこにもいません。おしいれも、いろいろな箱のなかも、ひとつのこらず、しらべたのです。それでも、なにも発見できませんでした。怪獣は、とうとう、最後の魔法をつかったのでしょうか。そして、空気のなかへ、スーッと、とけこんでいったのでしょうか。