売店の怪
それから三十分ほどたちました。あとから、かけつけた、おおぜいの警官が、駅員たちと力をあわせて、広い駅の構内を、すみからすみまで捜しましたが、豹はどこにもいないのです。
そのあいだ、乗客は改札口からいれないで、待たせておいたのですが、つぎからつぎと電車や汽車が発着するので、いつまでも、そのままにしておくことはできません。豹が駅の中にいないことが、たしかめられると、いそいで、通行どめをときました。
まだ六時まえですから、駅の中は、それほど混雑しているわけではありません。売店なども、まだ戸をしめたままのところが多いのです。
出勤時間の早い、ひとりの若い女事務員が、売店の並んでいるところを通りかかりました。すると、一けんだけ戸をあけている店がありました。新聞や雑誌や本を売る店です。
女事務員は、婦人雑誌を買おうと思って、その店の前に立ちましたが、店員のすがたが見えません。売場のうしろに、しゃがんでいるのかもしれないと思って、映画雑誌や週刊雑誌の、さげてあるすきまから、中をのぞいて見ました。
やっぱり、そうでした。だれかが、その中に、しゃがんでいるのです。
「ねえ、この雑誌くださいな。」
声をかけますと、売場の台のうしろから、ヌーッと、顔を出しました。
それをひとめ見ると、若い女事務員は、みょうな声をたてたかと思うと、いきなり、そこへ、くなくなと倒れてしまいました。気をうしなったのです。
なぜ気をうしなったのでしょう。それは、売場の台のうしろから、ヌーッと顔を出したのは、人間ではなかったからです。金色をした猛獣の恐ろしい顔だったからです。黄金豹は、いつのまにか、こんなところに、かくれていたのです。
むこうから歩いてきた会社員が、女事務員の倒れているのに気がつきました。いそいで、かけよって、助けおこそうとしましたが、そのとき、チラッと店の中を見ると、そこに、黄金豹の顔がありました。会社員は、ギョッとしてとびのき、いちもくさんにかけ出しながら、叫びました。
「た、たいへんだあ。あすこに、あすこに、金色の豹がいる……。」
きちがいのように、そんなことをわめいて走っているので、たちまち、四方から人が、集まってきました。
「どうしたんだ? しっかりしたまえ。」
「豹だ。しかも、金色のやつだ。あの雑誌の売店の中だ。」
それを聞くと、人々は青くなって、はんたいのほうへ逃げだしました。そして、駅員に、そのことを知らせましたが、駅員も恐ろしくて、そこへ近よる勇気はありません。
しかし、さいわいにも、さっきの警官隊の一部が、まだ駅に残っていて、すぐに、かけつけてくれました。
「どこだ。どの店だ。」
「あれです、あの雑誌売場です。」
会社員が、逃げ腰になりながら、遠くから、そのほうを指さします。
「よしッ。」というので、ピストルを手にした五、六名の警官が、その売店へ、ふみこんでいきました。そのうちのひとりは、店の前に倒れていた女事務員をかかえて、こちらへつれてきます。
ところが、どうでしょう。店の中には、なにもいなかったのです。怪獣は、またしても、消えうせてしまったのです。
「おい、このすみに、だれか、倒れている。手をかしてくれ。」
ひとりの警官が叫びました。見ると、そのうす暗いすみっこに、若い女が倒れていました。うしろ手にしばられ、目かくしをされ、さるぐつわを、はめられています。
いそいで縄をとき、さるぐつわをはずして、たずねてみますと、その女は、売店の女店員で、店を開いたばかりのところへ、だれかがはいってきて、うしろから、はがいじめにされ、縄をかけられてしまったというのです。
「それは、どんなやつだった。顔を見なかったか。」
「いきなりうしろから、組みつかれたので、顔なんか見えません。」
女店員は、まったく、なにも知らないのです。うしろから組みついたのは、黄金豹だったのでしょうか。あいつは魔物ですから、女をしばったり、さるぐつわをはめたりすることが、できないともかぎりません。
それから、また、そのへんの捜索がおこなわれましたが、なんのかいもありません。豹はどこにもいないのです。
警官たちが捜しつかれて、もとの売店の前にもどり、相談をしていますと、そこへ、ひとりのじいさんが、ヒョロヒョロと近づいてきました。
あの黒背広の、白ひげのじいさんです。じいさんは、警官たちの前に立ちどまって、にやにや笑いながら、こんなことをいうのでした。
「また、逃がしましたね。むりはない。あいつは魔物ですからね。煙のように、パッと消えるのです。警察のちからでも、どうにもできますまい。だが、これからが見ものですよ。あいつ、こんどはなにをやると思います。うふふふ……、きっと、あんたがたの、どぎもをぬくようなことを、しでかしますよ。」