金庫の中から
明智探偵はそれから、どこかへ電話をかけ、探偵の部下をつとめている、ふたりの男を呼びよせました。そして、ぬかりなく、手配をさだめたうえ、夜になるのを待つのでした。
やがて、夜の九時をすぎると、そのへんはさびしい町ですから、人どおりも、とだえがちになりました。それを待っていた明智探偵は、小林少年といっしょに、前の大通りのむこうのほうに、たくさん、から自動車がおいてあるその中の一台に、身をひそめました。そして、自動車をとめたまま、麹町アパートの明智探偵事務所の窓を、じっと見まもっているのでした。
ヘッド=ライトを消し、車内もまっ暗にしてあるので、そとからは、からの自動車がおいてあるとしか見えません。
「先生、こうして、ぼくたちは、なにを待っているのですか。」
小林少年が、ふしんらしく、小声でたずねました。
「見ていたまえ、いまにおもしろいことがおこるから。あいつは、きっとやってくる。あすの晩まで待たないで、今夜、きっとやってくる。あの、ここから見える客間の窓を、すこし開いておいた。それがさそいのすきだよ。」
明智探偵も、ささやき声で答えました。ふたりとも、自動車のこしかけの前にしゃがんで、からだをかくしているのです。
「でも、黄金豹が書斎まではいって、金庫をあけたら、たいへんですね。宝石は、だいじょうぶでしょうか。」
小林君は、なにもしらないので、心配でしかたがないのです。
「それは、だいじょうぶだよ。あの金庫にはしかけがあるんだからね。」
そして、そのまま、ふたりはだまりこんでしまいました。長い長い時間でした。もう十時をとっくにすぎたでしょう。大通りは、ときたま自動車が通るばかりで、歩いている人はひとりもありません。並んでいる建物の窓のあかりは、ひとつひとつ、消えていき、町ぜんたいが、だんだん暗くなってきました。街灯の光が、四階だてのアパートの正面を、ほのかにてらしているばかりです。
そのとき、アパートの四階の屋根の上に、なんだか動いているものがありました。
「見たまえ、屋根の上を。とうとう、やってきたよ。やっぱり、待っていたかいがあった。」
明智探偵のことばに、小林君もそのほうを見あげました。
「アッ、ピカピカと光ってますね。黄金豹でしょうか。」
「そうだよ。ほら、屋根のとっぱしにうずくまった豹のかたちが、はっきり見えるだろう。」
「アッ、ほんとだ。でも、屋根なんかに登って、どうするつもりでしょうね。」
「入口に鍵がかかっているので、窓からしのびこむつもりだよ。見ててごらん。いまに、あそこから、縄をさげて、それをつたって、おりるにちがいない。」
そのとおりのことが、おこりました。四階の屋根の上から、一本の細い縄が、サーッと、下へなげおろされ、地面までとどきました。その途中に、ちょうど、明智事務所の客間の窓があるのです。
二階の窓から、しのびこむのには、下からはしごをかけるか、屋根から綱でさがるほかはありませんが、まんいち、人どおりがあったとき、はしごが見つかっては危険です。やっぱり上からさがったほうが、安全なのです。黄金豹は、となりのビルにしのびこみ、そのビルの屋根からアパートの屋根へ、つたわってきたのでしょう。あの魔もののことですから、そんな曲芸は、なんのくもなく、やってのけるのです。
やがて、たれさがった綱をつたって、金色の怪獣がおりてきました。いつかも、煙突を綱でおりたのですから、黄金豹の足の指は、綱がつかめるようになっているのでしょう。
じつにふしぎな光景でした。白いアパートの壁を、金色の豹が、するすると、下へさがってくるのです。自動車の中の明智探偵と小林少年は、息をころして、それを見つめていました。
黄金豹は、二階の窓までおりると、その窓を開いて、パッと、部屋の中へすがたを消しました。
「いまに見ていたまえ、おもしろいさわぎがおこるからね。」
明智は、なにかおかしそうに、そんなことをささやきました。
室内にはいった黄金豹は、電灯の消えたまっ暗な中を、書斎へとたどっていきました。魔もののことですから、宝石が書斎の金庫の中に、しまってあることも、ちゃんと知っているらしいのです。
黄金豹は大金庫の前に、人間のようにあと足で立ちあがり、金庫の文字盤をグルグルまわしました。いつのまにしらべたのか、文字盤の暗号まで、知っているようすでした。
スーッと、金庫の扉が両方に開きました。すると……。
アッ! これはどうしたことでしょう。金庫の中の桐のひきだしは、ぜんぶなくなって、そこに一ぴきの豹が、あと足で立ちあがっていたではありませんか。
金庫の中には、黄金豹とそっくりの、もう一ぴきの豹がかくれていたのです。
「ウオーッ。」という恐ろしいうなり声が、両方の豹の口から、ほとばしりました。