にじの宝冠
そのばん、園井君のうちによばれたお客さまたちは、おいしいごちそうのもてなしにあずかったあとで、いよいよ宝冠を見せてもらうために、応接間に集まっていました。
お客さまは、夫婦づれの人が多く、男が六人、女が四人でした。みな、りっぱなみなりの人ばかりです。それに、園井君のおとうさんと、おかあさん、あわせて十二人が、大きな丸テーブルを、ぐるっとかこんでいすにかけていたのです。
主人の園井さんのまえには、銀色の美しい箱がおいてあります。園井さんは、そのふたに手をかけました。
「これがにじの宝冠です。箱のまま、じゅんにまわしますから、よくごらんください。」
ふたがひらきました。なかにはまっかなビロードの台座があり、その上に金色まばゆい宝冠がのせてあります。
宝冠にちりばめた、かずしれない宝石が、電灯の光をうけて、赤に、青に、むらさきに、キラキラ、チカチカとかがやきました。目もくらむばかりの美しさです。
お客さまたちは、それを見ると、あまりのみごとさに、思わずホーッと、ためいきをつきました。
「さあ、じゅんにまわして、ごらんください。宝石のかずを、かぞえるだけでもたいへんですよ。」
「まあ、なんてすばらしいんでしょう。ほんとうににじですわ。にじのように、五色にかがやいていますわ。」
園井さんのとなりの美しい女の人が、うっとりとして、つぶやきました。
それから宝冠の箱は、テーブルの上を、つぎつぎとまわっていきました。そして、五人めまでまわったときです。いきなり、パッと電灯が消えて、部屋のなかが、まっ暗になってしまいました。
停電でしょうか? いや、どうもそうではなさそうです。だれかがスイッチをきったのです。園井さんは、はっとして、大いそぎでスイッチのほうへいこうとしました。
「キャーッ……。」
女のお客さまのだれかが、ひめいをあげました。
「どうしたんです。いま、さけんだのはだれです。」
男の声が、どなりました。
「子どもがいます。小さな子どもが、あたしの手を……。」
「子ども? 子どもなんかいるはずがない。どこです、どこです。」
暗やみのなかで、みんないすから立って、うろうろしていました。ぶっつかりあうものもあります。
「あっ、いたぞっ。子どもだ。小さな子どもだ。」
また、だれかが、さけびました。
「みなさん、しずかにしてください。宝冠はだいじょうぶですか。どなたが、お持ちですか。」
だれもこたえません。みながいすを立ったので、宝冠の箱が、どのへんにあったか、けんとうもつかないのです。
そのとき、園井さんが、やっとスイッチをさぐりあてて、パチンと、電灯をつけました。部屋のなかが、まぶしいほど明るくなりました。
みんなの目が、テーブルの上を見ました。宝冠の箱は、かげもかたちもありません。二―三人のひとが、テーブルやいすの下をのぞきました。なにもありません。にじの宝冠は、魔法のように消えうせてしまったのです。
「さっき、子どもがいると、おっしゃったかたがありましたが、ほんとうに、そんなものが、いたのですか。」
園井さんが、みんなの顔を見まわして、たずねました。
「たしかにいました。わたしの腰くらいしかない、小さな子どもでした。」
「あたしも、その子どもにさわられましたわ。どうしたんでしょうね。どこへいったんでしょうね。」
それをきくと、みんな、きみがわるくなって、キョロキョロとあたりを見まわすのでした。
園井さんは、ふしぎそうな顔をして、いいました。
「そんな小さな子どもがいるはずはありません。わたしの子どもの正一は中学生です。そのほかに、うちには子どもはいないのです。いや、たとえ子どもがいたとしても、この部屋へは、はいれません。わたしは、用心のために、宝冠をお見せするまえに、ドアにカギをかけておきました。窓もちゃんと、しまりができております。どこにも出はいりするすきまはないのです。」
「それはたしかですか。では、宝冠はどこへいったのです。だれかが、持っていったとしか考えられないじゃありませんか。」
園井さんも、お客さまの男の人たちも、部屋じゅうを、ぐるぐるまわって、さがしました。ドアや窓の戸を、ガチガチやって、ためしました。ぜんぶ、中からしまりができています。そのほか、てんじょうにも、かべにも、ゆかいたにも、あやしいところは、少しもないことがわかりました。
ふしぎです。あの美しい宝冠は、銀の箱もろとも、おばけのように消えてなくなったのです。
みんなは、うすきみわるくなって、ただ、おたがいに、おびえた目を見かわすばかりでした。