四十面相の美術館
ポケット小僧は、いつもポケットに、万年筆がたの懐中電灯を持っていますので、それをつけてあたりを照らしてみました。
コンクリートの壁にかこまれた、物置部屋のようなところです。すみずみに、木箱だとか、いすやテーブルのこわれたのなどが、つみあげてあります。いっぽうの壁に、ドアがついていることがわかりましたので、そのドアに耳をあててみましたが、なんの音も、聞こえません。とってを回すと、ドアはスウッとひらきました。
首をだしてのぞいてみると、そこはコンクリート壁の廊下のような場所でした。小さな電灯が天井についていて、ぼんやりと、あたりを照らしています。コンクリートをぬったままで、なんのかざりもない、まるでトンネルみたいな廊下です。
ポケット小僧は、その廊下づたいに右のほうへ歩いていきました。なにしろ、ポケットにはいるくらい小さいといわれているのですから、うす暗い廊下を壁づたいに、こそこそ歩いていますと、まるで目につきません。
もしむこうから人がきても、壁にひらべったくからだをつけてしまえば、気づかれる心配もないほどです。
トンネルのようなうす暗い廊下をひとつまがって、十五メートルほどいきますと、道がふさがってしまいました。
大きな岩が、通せんぼうをするように、廊下のまんなかに立っているのです。
ふと気がつくと、どこか遠いところから、ごうごうという水の流れているような音が聞こえてきます。
岩の両側に二十センチぐらいのすきまがありましたので、そこからのぞいてみますと、岩のすぐむこうに、底もしれないまっ暗な穴がありました。さっきのへんな音は、その穴の底から聞こえてくるようです。
つめたい風が、サアッと、顔をかすめました。
「ああ、わかった。この下に川が流れているんだ。」
何メートルともしれない深い谷底に、川が流れているのです。ですから、そこは穴ではなくて、廊下と十文字になった谷なのです。
深い谷が廊下をよこぎっていて、その底を水が流れているのです。
「ここは、いったいどこだろう。たてものの廊下のまんなかに、こんな深い谷があるなんて聞いたこともない。へんな家だなあ。」
ポケット小僧は、こわくなってきました。ぶるぶるッと身ぶるいして、うしろのほうへひきかえしました。
もとの物置部屋の前をとおりすぎて、もっと奥へ歩いていきますと、また、廊下がまがっていて、そこに大きなドアがしまっていました。
そのなかには、明るい電灯がついているとみえて、ドアのかぎ穴から光がもれています。耳をすますと、その部屋のなかでだれかが話をしているようです。
ポケット小僧は、かぎ穴へ目をあてて、なかをのぞいてみました。
それは、アッとおどろくような、りっぱな部屋でした。きらきら光るガラスばりの陳列だなのようなものが、いっぱいならんでいて、そのガラスのなかには、黄金の仏像や、美しいもようのある大きなつぼや、いろいろな彫刻や、宝石をちりばめた王冠や、くびかざりなどが、目もまばゆいばかりにかざってあるのです。
天井からは、何百という水晶の玉でかこまれたシャンデリアがさがり、その明るい光が、かぞえきれない美術品を照らしているのです。
シャンデリアの下に、りっぱな彫刻のあるまるいテーブルがおかれ、金色の四つのいすが、それをとりかこんでいて、そこにふたりの男が、こしかけていました。
ひとりは、警視総監に化けたままの四十面相。もうひとりは、制服警官にばけたままの部下でした。きっと、こいつが、ポケット小僧のかくれているかばんをはこんだのでしょう。
「いつ見てもいい気持ちだな。どうだ、このおれの美術館は……、東京の博物館だって、こんなに美しくはないだろう。
ハハハハハ……。世間のやつらは、こんな山の中に、四十面相の美術館があるなんて夢にも知るまい。明智探偵だって、警視庁のやつらだって、おれの奇面城がどこにあるか、すこしも知らないのだ。
おれは、いままでたびたび明智につかまったが、ここだけは知らせなかった。おれは、ほうぼうにすみ家をもっているからな。そのどれかを知らせてやればよかったのだ。この美術館のある奇面城だけは、ぜったい知らせることはできない。」
四十面相が、ほこらしげにいいますと、警官すがたの部下が、ごきげんをとるようにあいづちをうちました。
「そうですとも。まさかこんな山の中の樹海(海のように、ひろい森)のまんなかの、あの人間の顔とそっくりの大岩の下に、こんな美術館があろうなんて、だれが想像するでしょう。
かしらは、じつにいい場所をおえらびになりましたよ。
そのうえ、あの恐ろしい番人がいれば、たとえ、人間が奇面城にちかづいてきても、あの番人を見たら、まっさおになって逃げだしますよ。われわれにたいしては、ねこのようにおとなしいやつですがね。ハハハハ……。」
それを聞いて、ポケット小僧は、いよいよ恐ろしくなってきました。
「それじゃここは、山の深い森のまんなかなんだな。そこに、人間の顔のような大岩があって……、おれはいまその中にいるんだな。
だが、恐ろしい番人って、なんだろう? じぶんたちにはねこのようにおとなしいといったが、そいつは、いったいどんなやつなんだろう。人間じゃないかもしれないぞ。」
それから、部屋のなかのふたりは、まだしばらく話をしていましたが、ぼつぼつ寝室へひきあげそうになりましたので、おどろいてドアをはなれ、もとの物置部屋へひきかえしました。
まず、ドアのうちがわに長い板ぎれを立てかけて、だれかがドアをひらけば、それがたおれて音がするようにしました。その音で、目をさますためです。
それから、こわれたいすを三つならべて、その上に、ごろりとよこになると、だいたんふてきなポケット小僧は、まもなく、ぐっすりと眠りこんでしまいました。