最後の手段
四十面相とジャッキーとは、ヘリコプターの操縦室へ乗りこみました。このヘリコプターは、いつでも出発の用意ができているのです。
ジャッキーは、スターターのクラッチをいれました。ぶるんぶるんぶるん。エンジンが動き、プロペラがまわりはじめました。
しかし、なんだかへんです。エンジンの音が、いつもとちがっています。プロペラのまわりかたも、みょうにいきおいがないのです。
ジャッキーは機械にとりついて、一生懸命にやっていましたが、やがて、あきらめたように、エンジンをとめてしまいました。
「かしら、だめです。こしょうです。」
「エッ、こしょうだって。どこがこしょうか、わかっているのか。」
「わかってますが、きゅうにはなおりません。」
「どのくらいかかるんだ。」
「三時間はかかりますね。」
「ちくしょうッ。しかたがない。おりよう。そして、べつのてだてを考えるんだ。」
四十面相は、ヘリコプターからとびおりて、巨人の顔のほうへいそぎました。ジャッキーも、あとからついていきます。
巨人の顔のくびのところに、いくつも岩あながならんでいますが、そのひとつが、奇面城の門番の、三びきの虎の部屋になっているのです。
べつに鉄棒がはめてあるわけではありません。四十面相や部下のものには、よくなれているので、はなしがいにしてあるのです。
その虎の岩あなへはいってみますと、二ひきの大虎は、ぐったりと寝そべったまま、四十面相が声をかけても、しらん顔をしています。
いつかポケット小僧が助けてやった、あのかわいらしい子どもの虎だけが、かなしそうに、鼻をくんくんならしながら、二ひきの大虎のまわりを、ぐるぐるまわっているのです。
「眠っているのかな。いや、なんだかへんだぞ。」
四十面相は、ふしぎそうにつぶやいて、大虎のそばに近づくと、そのからだに、さわってみました。
「アッ、つめたくなっている。死んでいるんだ。いったいどうして……。」
いそいで、もう一ぴきのほうを、しらべましたが、これもつめたくなっています。数時間まえに、息がたえたらしいのです。
「病気ではない。病気で二ひきとも、いっぺんに死ぬなんてことは考えられない。鉄砲でうたれたのでもない。これもひょっとすると……。」
四十面相は、しゃがんで、一ぴきの虎の口をしらべました。
「アッ、やっぱりそうだ。血だッ。血をはいている。毒をのまされたのにちがいない。」
二ひきとも、口と鼻から血をたらしていました。たしかに毒殺されたのです。
四十面相は、そこにつっ立ったまま、じっと腕ぐみをして考えていましたが、ハッとしたように目を光らせました。
「いったい、これはどうしたわけだ。だれかが虎を毒殺した。だが、おれの部下のほかに、ここへ近づいたものはないはずだ。ジャッキー、なんだか、気味のわるいことがおこったぞ。ゆだんはできない。いよいよ、さいごの手段をとるほかはないようだ。」
四十面相がそういって、岩あなのそとへでたとき、遠くのほうでピストルをうちあう音がとどろきました。警官隊と、四十面相の部下の見はり人たちとのたたかいが、はじまっているのです。
「ワアッ。ワアッ。」
という、おおぜいの声が聞こえてきます。そして、それが、だんだんこちらへ近づいてくるのです。どうも四十面相の部下たちの旗いろがわるいようです。
そのとき四十面相が、「アッ。」といって、広っぱのむこうの森のほうを見つめました。
警官です。そこへ、ぽっつりと、制服警官のすがたがあらわれたのです。
「ワアッ……。」
という声がしたかとおもうと、四十面相の部下らしい男が、うしろからとびだして警官にくみつきました。
警官は、パッと腰をおとし首をさげて、その男を、ドウッと前へなげつけました。
男はすぐにおきあがって、こんどは前からくみついてきます。
そして、ねじあっているうちに、ふたりいっしょにたおれ、くんずほぐれつの格闘になりました。
「アッ、いけない。あたらしい敵があらわれたぞ。」
四十面相が、おもわず叫びました。
森の中から、もうひとり、制服の警官がとびだしてきたのです。そして、くみあってころがっている四十面相の部下の上に、のしかかっていきました。
とうとう、四十面相の部下は、ふたりの警官におさえられ、ぽかぽかと、なぐられています。
それを見ると、こちらの四十面相は、ヒョイとしゃがんで、そこに落ちていた石ころを、いくつか拾ったかとおもうと、じぶんの部下の上に、うまのりになっている警官にむかって、はっしとばかりなげつけました。
石は警官の肩にあたり、「アッ。」と叫んで、たおれそうになります。
つづいて第二弾。ビュウッとうなって、もうひとりの警官のうでに命中しました。
警官たちは、やっと、こちらの敵に気がつきました。見ると、金モールのかざりのある王さまのような服をきています。
「さては、あいつが四十面相だな。」
と、さとったらしく、ふたりとも、おそろしいいきおいで、こちらへかけだしてきました。
「いけないッ、たいきゃくだッ。」
四十面相は、手にのこっていた石ころを、警官の正面にたたきつけておいて、そのまま洞窟の入口へかけだしました。
「ジャッキー、はやく逃げるんだッ。そして、橋を落としてしまえッ。」
ジャッキーもかけだしました。洞窟にかけこんで、岩の橋をわたりました。
「さあ、この橋を落としてしまえッ。」
四十面相が叫びました。しかし、にせもののジャッキーは、どうすれば橋が落ちるのかわかりません。うろうろしていると、四十面相がたまりかねて、どこかのかくしボタンをおしました。
ダダダダダダダダ……ン。
耳もろうするばかりの大音響をたてて、あの大きな岩の橋が、谷そこへ落ちていったのです。
いざというときには、くさりがはずれて、大岩が、谷そこへ落ちる、しかけになっていたのでしょう。
谷は何十メートルともしれない深さです。そのはるか下に川が流れているらしく、ごうごうという水音が聞こえています。
谷の幅は三メートル。走り幅とびの選手ならとびこせるかもしれませんが、ふつうの人には、とてもとべるものではありません。ちょっとでもまちがえば、深い谷そこに落ちて、命をうしなうことがわかっているのですから、選手だって、ここをとぶ気にはなれないかもしれません。
四十面相は、とうとうさいごの手段をとりました。洞窟の中とそととの連絡を、まったく、たちきってしまったのです。
こうすれば、そとからせめこむことは、ぜったいにできませんから、いちおう安心ですが、そのかわり、四十面相と、あの美しい女の人と十人の部下は、洞窟の中にとじこめられて、いつまでもそとへ出ることができないのです。そのうちに、食糧がなくなってくるでしょう。しかし、どこからも、食糧をはこぶみちはありません。一月もしないうちに、みんな、うえ死にをしてしまうかもしれないのです。
にせのジャッキーや、五郎や、五人のにせものの部下や、ポケット小僧までも、四十面相と運命をともにして、うえ死にしなければならなのでしょうか。