警察官の勝利
警官隊は、いくてにもわかれて、四十面相の部下たちとたたかいながら、奇面城めがけて進んできました。
総指揮官は警視庁の中村警部です。そのそばには、三名の警官がついていましたが、もうひとり、学生服の少年のすがたが見えます。明智探偵の助手の小林少年です。小林君は、すばしっこくとびまわって、中村警部の命令を、警官たちに伝えるやくめをひきうけているようでした。
「みんな、木の幹に、ひっくくってしまえ。」
中村警部から命令がでました。警官たちが、大声で、つぎからつぎへとそれを伝えます。
警官のほうが、ばいにちかい人数ですから、ふたりでひとりをやっつければいいのです。四十面相の部下を、ひとりずつとらえて、用意のほそびきで、つぎからつぎと、てごろの木の幹にしばりつけていくのです。
そして、一時間ほどたたかっているうちに、とうとう四十面相の三十人の部下ぜんぶを、森の中の幹にしばりつけてしまいました。警官隊の勝利です。
五十人の警官たちは、どっと奇面城の前におしよせました。なかには負傷したものも数名ありましたが、そういう人たちは、友だちの警官が、肩にかつぐようにして、つれてきたのです。
巨人の顔の下の入口に近づいていきますと、中からふたりの警官が、とびだしてきました。さいしょ四十面相を追っかけて、石をなげつけられた警官たちです。
「だめです。敵は橋を落としてしまいました。底も見えない深い谷にかかっている石の橋です。それを落としてしまったのです。われわれは奇面城の奥へはいることができません。」
とびだしてきた警官のひとりが、報告しました。
中村警部は、数名の警官をつれて、橋の落ちたところまで、はいってみました。いかにも、おそろしく深い谷です。はばは三メートルぐらいですが、のぞいてみると、下はまっ暗で、はるか底のほうから、ごうごうという水音が聞こえてきます。谷底には川がながれているのです。
中村警部は、しばらく考えていましたが、やがて、決心したようにうなずきました。
「よしッ、橋をかけるんだ。森の中のてごろの杉の木を二本きりたおして、枝をはらってここへ持ってくるんだ。長さはこの谷のはばの倍くらいあるほうがいい。六メートルぐらいの木をきってくるんだ。四十面相の部下のなかに、大きなまさかりをふりまわしていたやつがあったね。あのまさかりは、まだ森の中にほうりだしてあるはずだ。あれで木をきりたおせばよい。」
この命令が、洞窟のそとに伝えられ、警官隊のなかの十人あまりが、木をきりたおすために、森のほうへかけだしていきました。
× × ×
洞窟のおくには、四十面相が九人の部下にかこまれて、入口のほうを見ていました。あの美しい女の人は、どこかの部屋にかくれているのでしょう。ここにはすがたが見えません。
谷のところから十メートルもおくにいるのですが、中村警部の命令する声が、よく聞こえてきました。
「杉のまるたで、あそこへ、橋をかけるつもりらしいですね。」
ジャッキーが、かしらの顔を見ていいました。
「うん、こっちは、それをふせぐんだ。物置に、まさかりがあったはずだ。あれを持ってきて、橋をかけようとしたら、たたき落としてしまえ。」
四十面相が命令しました。五郎がいそいで物置へ走っていって、大きなまさかりをかつぎだしてきました。
× × ×
三十分もすると、警官たちは六メートルほどの杉の木を二本たおして、枝をきりはらい、おおぜいでそれをかついで洞窟の中へやってきました。
「五、六人で、根もとのほうをしっかりもって、むこうがわへわたすんだ。二本わたせば、その上をはって通ることができる。」
中村警部のさしずで、一本の木に六人ずつの警官がとりついて、かけ声いさましく、谷のむこうがわへ、わたそうとしました。
× × ×
こちらは四十面相。いまにも二本の杉まるたがわたされそうになったので、いそいで命令をくだしました。
「さあ、いまだ。谷の岸までいって、まさかりで杉の木をたたき落とすのだッ。」
ところが、それを聞いても、まさかりを持った五郎は、にやにや笑っているばかりで、動くようすがありません。
「おいッ、五郎、どうしたんだ。おまえ、警官のピストルがこわいのかッ。」
四十面相は、やっきとなって、どなりつけました。しかし、五郎は、あいかわらず、にやにや笑っているばかりです。
「それじゃ、ジャッキー、おまえがやれ。五郎、そのまさかりをジャッキーにわたすんだッ。」
ジャッキーもへんじをしません。やっぱり、にやにや笑っているのです。
「ええ、いくじのないやつらだ。それじゃあ、おれがたたき落としてやる。さあ、まさかりをこっちへよこせ。」
四十面相が、五郎のほうへ近よろうとしますと、その前へジャッキーが立ちふさがって、とおせんぼうをしました。
「こら、なにをするんだ。ジャッキー、おまえはまさか……。」
「そうです。じゃまをするのです。」
ジャッキーが、うでぐみをして、四十面相をぐっとにらみつけました。
「エッ、なんだと。おれのじゃまをするというのかッ。きさま、おれの部下じゃないか。かしらにむかって、なんという口をきくのだ。」
ジャッキーは、なにもこたえないで、じっとこちらをにらみつけているばかりです。
四十面相は、ふしぎそうにジャッキーの顔を見つめていましたが、なにを思ったのか、サッと顔いろがかわりました。
「やっ、きさま、ジャッキーではないのだな。だれだッ。……もしや、もしや……。」
「ハハハハ……、やっと気がついたね。そうだよ。ぼくは明智小五郎だ。四十面相、とうとう、ほんとうのかくれ家を見つけられてしまったねえ。」
「おいッ、五郎。そのほかのやつらも、なにをぼんやりしているのだ。こいつは明智小五郎だぞ。なぜ、つかまえないのだッ。」
四十面相は、まわりに立っている部下たちを、どなりつけました。
「ハハハハハ……。きみのほんとうの部下は、この中にふたりしかいやしないよ。あとはみんな警視庁の刑事諸君だ。変装のうまい刑事をよりすぐって、きみの部下といれかわってしまったのだよ。」
明智が説明しました。
「アッ、それじゃあ、五郎もにせものだなッ。きさまと五郎とで、ヘリコプターを飛ばせて、ふもとの町から、かえだまをつれてきたんだなッ。」
「そのとおり。きょう、ヘリコプターを飛べないようにしておいたのもぼくだし、二ひきの虎を眠らせたのもぼくだよ。そうして、きみをつかまえる用意がすっかりできていたのだ。……おお、見たまえ。警官隊が、橋をかけて、こちらへわたってきた。四十面相! きみはもう、どうすることもできないのだッ。」
明智が、とどめをさすように叫びました。