大友少年の冒険
それはせまい部屋でした。正面のかべには、いちめんに黒いカーテンのようなものが、さがっています。その前に、病院にあるような、白くぬった鉄製のベッドがおかれ、それの白いシーツの上に、ひとりの男が、こちらをむいて、こしかけています。ふとい青と白のしまのパジャマをきた男です。
ところが、ふしぎなことに、その人間には顔がありません。首から上には、何もないのです。パジャマだけが、こしかけているのです。
やがて、パジャマが立ちあがりました。そして二―三歩あるきました。足にはスリッパをはいています。しかし、手はありません。パジャマのそでのさきには、何もないのです。それでいて、ちょうど、そこに手があるように、パジャマのそでが、動いているのです。
ベッドのそばに、白くぬった、小さなまるいテーブルがあります。首のないパジャマの男は、そのそばに近よりました。
大友君の目は、男のあとをおって、テーブルのほうにうつりました。そして、その上におかれたものを、ひとめ見ると、ゾーッと、身ぶるいしました。
テーブルの上には、西洋しょくだいに立てたローソクが、もえていました。水をいれたフラスコとコップがありました。たばこ入れと灰ざらがありました。それだけなら、なんでもないのですが、そのほかにもう一つのへんなものがあったのです。テーブルの上なんかに、あるはずのないものが、チョコンとのっかっていたのです。それは人間の首でした。きみの悪い人間の首だけが、テーブルの上から、じっと、こちらをにらんでいたのです。
大友君は思わず逃げだしそうになりましたが、とっさに、あることに気づいて、そのまま、すき見をつづけました。テーブルにのっているのは、ほんとうの首ではなくて、ろう仮面だということが、わかったからです。透明怪人は、パジャマをきて、これからねようとしているのです。ねるのには、ろう仮面なんか、じゃまですから、ぬいで、テーブルの上においたのでしょう。パジャマ男に首のないのは、そのためです。首がないのではなくて、ただ見えないだけなのです。
そのとき、首のないパジャマ男は、テーブルの上のフラスコのせんをとって、コップに水をつぎました。手ぶくろをはめていないのですから、手は見えません。パジャマのそでが、うごくにつれて、フラスコがひとりでに、持ちあがり、宙に浮いて、口がだんだん下をむき、コップに水が流れおちるのです。まるで手品でも見ているようです。
つぎには、水のはいったコップが、スーッと宙に浮き、パジャマのえりの上のへんに、とまりました。さっきのフラスコと同じように、コップは宙に浮いたまま、だんだんかたむいて、中の水が、何もない空中に、すいとられていきます。
じつは、怪人はコップを手に持って、水をのんでいるのですが、顔も手もすきとおって、見えないので、コップがひとりで、宙におどっているように感じられるのです。水がコップから流れだしても、けっして、下へこぼれません。目に見えない怪人の口の中へつぎこまれているからです。
大友君は、透明怪人の話は、たびたび聞いていましたが、見るのは今が、はじめてでした。そして、あまりのふしぎさに、すっかりおどろいてしまいました。夢でも見ているのではないかと、うたがわれるほどでした。
なおも、のぞいていますと、怪人は、こんどは、テーブルの上のたばこをとって、ローソクの火をつけて、スパスパと、すいはじめました。一本の白いまきたばこが、パジャマの上の空中に横になったまま、じっとしています。そして、一方のさきが、ときどきポーッと赤くなり、そのたびに、空中からけむりがわきだします。怪人が鼻と口から、けむりを、はいているのです。
大友君が、このふしぎな光景を、むちゅうになって、のぞいていますと、うしろのやみの中に、サーッ、サーッと、着物のすれあうような音がしました。そして、だれかが、自分のすぐうしろで、息をしているような気がしました。
この穴の中には、透明怪人がいるだけだと思っていたのに、ほかにもまだ、だれかが住んでいたのでしょうか。
大友君は、そう考えると、おそろしさに、からだがすくんで、うしろをふりむくこともできません。うしろのやみの中には、何者がいるのでしょう。人間か、それとも動物か、息づかいの音がきこえるのですから、生きものには、ちがいありません。
大友君はソーッと、うしろに手をのばして、さぐってみました。すると、何か、やわらかいものが、さわるのです。オーバーのようなものです。
「それじゃ、やっぱり、ぼくのうしろに、人間が立っているんだな。」
大友君はあまりのこわさに、息もとまるほどでしたが、もう、ぜったいぜつめいです。ふりむくほかはありません。ふりむいて、そこに立っている人間の、顔を見るほかはありません。
大友君は、やにわに、クルッと、うしろむきになって、そこのやみの中に立っている、大きな男を見あげました。