明智小五郎
ここは明智探偵事務所の所長室です。かべいっぱいの本だなに、金文字の本がビッシリつまっています。その前の大きなデスクにむかって、名探偵明智小五郎がこしかけているのです。デスクの表面は、鏡のように、ツヤツヤして、明智の顔がうつっています。黒のせびろ、薄茶色のネクタイ、れいのモジャモジャの頭、西洋人のような、ひきしまった顔。
明智は、いま、デスクの上にある卓上電話の受話器を、耳にあてて、何か話しているのです。
「ウン、もうきみから話があるころだと思っていた。ぼくも透明怪人のことは、いくらか研究もしている。むろんお手だすけするよ。よろしい。それじゃあ、これからきみのほうへでかけよう。」
中村係長から捜査本部へ来てくれという電話だったのです。明智は話しおわって外出のしたくをはじめたのですが、三分もたったかと思うころ、卓上電話がまたしても、けたたましく鳴りひびきました。ふたたび受話器を耳にあてますと、それは公衆電話からの聞きおぼえのない、みょうにしわがれた声でした。
「明智事務所ですね。先生いるかね。」
「わたしが明智です。あなたは?」
「きみが、これからあいてにしようという男だよ。わかるだろうね。」
「オヤオヤ、すばやい挑戦ですね。きみは察するところ、洞窟の怪老人だね。」
「フン、さすがにわかりが早い。お察しのとおりだよ。ところで、きみは、いのちがおしくないのかね。」
「ハハハハハ、脅迫ですか。そいつは、ぼくにききめがありませんよ。」
「あくまで戦うというんだね。」
「戦うのではない。きみのひみつを、あばくのだよ。それも、あまり遠いことではない。」
「ハハハハハ、はないきがあらいね。だが、明智君、おれはおどかしで言っているんじゃない。ほんとうにやるんだぜ。きみはかたわものにされてしまうかもしれない。殺されるかもしれない。いや、もっとおそろしいめにあうかもしれない……。きみのような、すぐれた人物が、この世から消えてしまうのは、まったくおしいのでね、おれは忠告するんだよ。どうだ。明智君、しばらく手をひいて、ようすをみる気はないか。」
「ハハハハハ、そんなことを、いくら言ってみても、むだだよ。ぼくはいそがしいんだ。じゃあ、やがて、どこかでお目にかかることにしよう。」
そのまま受話器をおこうとすると、あいての、おそろしいのろいのことばが、爆発するようにひびいてきました。
「うぬ、後悔するな。地獄の責苦をみせてやるぞ。死ぬよりもおそろしいめに、あわせてやるぞ……。」
明智はそれを聞きながして、ニッコリわらいながら、受話器をかけました。